第36話


 彼女の言葉には執着があり、俺がいないことが彼女にどれほどの苦しみを与えているかがひしひしと伝わってくる。


「……フェリスは、どうすれば……。シュウジ様、あなたにもう一度触れたいです」

「触れて、触れて……愛を、あなたの証をこの体に刻み込みたいです。フェリスも、あなたの体に刻み込みたいです」


 ミシミシミシと、シュウジロボを凄まじい力で抱きしめるフェリス。

 やめて! シュウジロボが可哀想だから!

 

 俺はそれ以上シュウジロボが傷つく姿を見ていられなくて、魔法を解除した。

 そして、深いため息を吐く。


 リアンナもレティシアも危険だと思っていたが……フェリスも、か。


 ……はぁぁぁぁ。


 どうすればいいんだ、これ。

 彼女らの命は、救った。でも……命は救っても、それで全て解決ではなかった。

 残された人たちのこと、もっと考えるべきだったのかもしれない。


 少なくとも、勇者の三人に頼ることはできない。

 ……どうしようか。

 俺は、なんとか冷静さを取り戻しながら考え込む。リアンナ、レティシア、フェリス……彼女たちは異世界で俺と共に戦った大切な仲間だ。だが、今の彼女たちはこのまま放置していてはいけない。


 特に、リアンナは……俺が生きていることを知っていて、どんな行動に出るかわからない。


 なんかしないと。

 それはリアンナだけじゃない。レティシアとフェリスもだ。

 ……特にレティシア。パッと見た感じでは彼女が一番危険な精神状態だと思う。


 今は現実逃避だけで済んでいるが……もしも、彼女たちが自分の命を絶つようなことに繋がったら――。


 ……何が正解だ? 一度リアンナがやったように俺が二人にあって、状況の説明をするのがいいのか?

 それで、落ち着いてくれればいい。でも……リアンナみたいに暴走したら、どうするんだ?

 定期的に、魔法で会えるから……それで満足してくれ、と説明すればいいのだろうか?


 ……彼女たちの精神状態が、俺の自己犠牲による不安だけなら、それで解消されるはずだ。


 でも……その後には、もしかしたら狂気的な愛を持って俺を何とかしようとしてくるかもしれない。


 それとも……誰か別の人に状況を相談して、三人ともが俺を忘れて前に進むように支援してもらった方がいいのか?


 ……俺の理想としては、それだった。異世界と地球。これはもう交わることのない二つの別の世界だと思っていたからだ。

 俺たちはそれぞれがそれぞれの世界で、残りの人生を生きていく。


 ……それが一番だと思っていた。

 だが、リアンナはこちらの世界に干渉してきてしまった。


 ……何が正解か分からん。


 自問自答する俺。一手間違えたら、詰みになるような危険な状況だ。

 ただ、さっきの様子を見て……俺が一番やばいと思ってしまったのはレティシアだ。


 先ほど、寝不足のように思えたのも……俺が死んでからロクに眠れていないのではないだろうか?

 俺が生きていることを伝えてみて……これからの人生をそれぞれがそれぞれで楽しんで生きていくように説得して……みるか?

 できるの、だろうか? あの状態のレティシアに? フェリスに?


 なんでこんなことになってんだ……。


 俺は別に、そんな誰かに好かれるような人間じゃない。……ただ、彼女たちと一緒に旅をして、その期間が長くて勘違いしてしまっただけのはずなんだ。

 もっと、同年代の人と関わっていれば、俺なんて見向きもしていなかったはずなのに……。


 あの世界の勇者のシステムがひどすぎるんだよ。どうせ、生贄として消えていくだけだからって周りとは必要最低限しか関わらせていないんだからな。


 なんか、色々と異世界の奴らに腹が立ってきたぞぉ?


 ……彼女たちがこっちの世界で問題なく生きていけるのなら、むしろそっちの方がいいとも思ってきた。

 ただ、俺が異世界にいた時は勇者の導き手としての力があったから、何とかなったが……彼女たちがそのまま世界を渡ったとき、その体がどうなるかは分からない。


 その時だった――。


「修二様、どうされましたか?」


 不意に声が聞こえ、俺はハッとして顔を上げた。そこにはメイが立っていた。


「……メイか。どうしたんだ?」

「何やらお困りのようでしたので……少し様子を伺っていました」


 ……やべぇ。

 メイが部屋に来ていることにも気づいていないなんて、俺動揺しすぎだろ。


 メイの冷静な目が俺を見つめている。彼女のいつも通りの冷静な態度。しかし、どこかこちらを伺うような視線。


「いや、ちょっと……複雑な問題があってな」


 俺は苦笑しながら答えた。まさか、異世界の仲間たちが俺に執着しているなんて、説明できるわけがない。


 メイには気づかれないようにして、なんとかこの混乱を収める方法を見つけなければならない。


「そうですか? 何かありましたら、相談していただければ橘家の力である程度どうにかできると思いますが」

「……」


 じゃあ、異世界で俺に執着している三人を説得してくれないか? と頼んでもできるはずがないだろう。

 俺は小さく息を吐きながら、首を横に振った。


「……とりあえずは大丈夫だ。ちょっと友人関係で悩んでいてな」

「そういえば、今日は……色々と名家の方々と話をしていたそうですね」


 友人関係、と聞いて俺の学園生活での様子と勘違いしてくれたようだ。


「まあ、な。……俺って一応柚香のボディガードなわけで、どのくらいの距離感で接すればいいんだと思ってな」


 ……そっちに関しては全く迷っていないが、嘘をついて誤魔化した。

 嘘をつくことに多少の抵抗はあったけど、致し方なし。異世界がどうたら言っても、頭のおかしい人だと思われてしまうだろう。


「まあ、普通に接していればいいと思いますよ? それで何か失礼といわれたわけでもないのでしょう?」

「……まあ、そうですね」

「それでしたら、そのままで。そこが柚香様が気に入っているところでもありますからね」


 メイはそう言ってから、深く頭を下げていった。


「ありのまま、か」


 今の俺がどのように接するか。

 メイの言葉を受け、俺は少しだけ方針を考えていた。


 ……全員と、ちゃんと話し合おう。

 冷静に話し合い、今後をどうするか……決める。

 それが一番だ。


 ……なるべく早くな。

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