第34話


 下手をすれば、リアンナよりもまずい状況なのではないだろうか?


『ねぇ、明日はどこに連れてってくれるのよ? ……やっぱり、あんたが決めてくれるのね。ありがとう、シュウジ』


 レティシアは、楽しそうに笑いながら、まるで恋人同士との会話でも楽しむかのような様子だった。

 そのレティシアの姿は……なんというか少し幼くも見える。


「……まさか、レティシアがこんなことに……」


 完全にレティシアもまずい状況じゃねぇか!

 助けるべきはリアンナだけじゃねぇ!


 ……というか、この状況でレティシアにリアンナの相談をして、まともに取りあえってもらえるだろうか?

 想像してみたが……さっきのリアンナのようにあまり解決が見込めるとは思えなかった。


 レティシアもまた俺に執着してしまっている、のか。


 幻想、空想、妄想……とにかく、彼女は自分にとって見たい世界の中で、生きている。

 ……その結果が、今の彼女なのか。


 今気づいたが……部屋全体を見てみると……なんだか、荒れていた。まるで、レティシアが暴れたあとかのように、部屋のあちこちが傷ついている。

 楽しげな会話が続く度に、その狂気じみた美しい微笑みが痛々しい。


『あぁ、そうね。わかるわよ。あたしも、あなたと同じ気持ちよ……。もうずっと、このままでいましょう? 他には何もいらない。あなたさえいれば――それだけでいいの』


 そう言いながら、彼女にしか見えないのだろうシュウジの幻影に、優しく語りかけ続ける。


『あたしのために、いつもそばにいてくれてありがとう、シュウジ。これからも、ずっとずっとずっと一緒よ。……一緒なんだから』


 その言葉に、俺は冷や汗が流れるのを感じた。

 彼女はもう現実の中にはいない。

 レティシアの脳内では、俺がずっと隣にいて、共に過ごしているのだ。


「……くそ、これはまずい」


 どうすりゃいいんだ!? 何から、どこから手をつければいいのか分からないよ!

 レティシアの精神がこんなにも壊れていたなんて……。このままでは、彼女は自分を取り戻せなくなってしまう。俺が近づけば、きっと彼女は俺に気づくだろう。それでも……。


 と、その時――。


 突然、レティシアの目が鋭くなり、虚空に向けて優しく話していた彼女の手が、ぴたりと止まった。

 そして、そのまま冷たい視線がこちらを見てきた。


 ひぃぃぃ!? 俺の方みてないか!?


『……誰!? そこに誰かいるわね!?』


 ……こわ!?

 あの状態のレティシアでも、魔法への感知能力がかなり高いようだ。


 彼女の視線はまっすぐに虚空を見つめている……が、その先は俺のいる方向だ。

 俺の存在を感知したわけじゃないだろうが、まるで俺に向かって話しかけているような鋭い目だ。


『シュウジ、あれは……誰?』


 レティシアが、まるで何かに気づいたかのように虚空に向かって言葉を投げかけた。彼女の視線が鋭さを増し、俺の方をじっと見据えている。

 こ、声が聞こえるわけではないのに、なぜか俺は口を両手で押さえ、声にならない悲鳴をあげてしまった。


「……これはまずい!」


 俺は慌てて魔法を解除し、視界からレティシアを消し去る。

 彼女にも何かしらのケアをしなければならないのかもしれないが、今はまだまともに思考が回っていない。


 心臓が激しく鳴り、俺は冷や汗を拭った。浮気がバレた男の気持ちって、こんな感じなのだろうか?

 せっかくタイムリープしたのに、俺の寿命が縮んだような気がするね。


 レティシア……。

 もしも、リアンナと同じ状況なら……俺が死んだと思ってからああなってしまったのだろうか?


 ……俺が思っていた以上に、リアンナも俺にかなり依存してしまっていたっていうのか。

 そしてその結果が……イマジナリーシュウジ、ということなのだろうか?


 なぜだ。なぜなんだレティシア。

 いつも、俺の世話をするのが面倒くさいって言っていたじゃないか……。

 いなくなったらむしろ清々したって喜ぶ感じの子だったじゃないか……。


 俺の勇者の導き手の物語は、魔界の門を破壊して終わったと思っていた。

 ……魔界の門を破壊すれば、異世界での問題はすべて解決するもんだと考えていた。

 なのに、今度はまた別の問題が浮上しているなんて。


 俺は額から流れる汗を拭いながら、心臓の鼓動を落ち着けるように深呼吸。

 ……落ち着こう。

 魔法の使用には冷静な心が必要だ。……レティシアだって、あんな精神状態でなければ俺に気づいていたはずだ。


 レティシアは、ダメだ。もちろん、リアンナもダメ。

 ……こうなったら、俺が信頼できる人は限りなく少ない。

 最後の一人――。

 ちょっとポンコツなところはあるが、フェリスに頼るしかないだろう。

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