第33話
レティシア……か。
怒っていないか、ちょっと怖い。
最後、俺が一方的に魔界の門へと旅立ってしまったわけで、そのことで怒っている可能性があるからだ。
……彼女は昔から俺に対して厳しかったからな。
旅をするにつれてだんだんとデレた部分を見せてくれることはあったけど、それでも俺の怠惰な性格とかは最後まで嫌っていたようだし。
そんな俺と別れられて、今頃清々しているに違いない。
それに、レティシアには……しっかり王女様としての生活もあるはずだ。
忙しいかもしれないが、リアンナの暴走を止めるために協力してもらわないと。
俺は自分の中にあったレティシアの力を意識する。
……頼む、感知できてくれ。
レティシアは……精霊魔法が得意だった。
その力を使ってパーティーでは高水準でなんでもこなしていた。攻撃、回復、索敵……すべてがハイスペックであり、パーティーの足りない部分を補うのが彼女の仕事だ。
……まあ、うちのパーティーはリアンナとフェリスが前に出ての戦闘が得意だったからな。必然的に俺とレティシアはそのフォローに回ることが多かった。
懐かしい感覚だ。レティシアの力を強く意識しながら、俺は異世界を思い浮かべる。
レティシアの力を感じ取ってみる……ただ、うまく行かない。
……いや、違う、か。
……僅かに、レティシアの力が感じられる。
ただ、俺が最後に会った時に比べて、なんだか魔力が異質なものに変化しているようにも感じたので、一瞬彼女ではないのかとも思ってしまった。
体調が不安定な時のレティシアは、こんな感じだった。
……ちょっと心配だ。俺と別れた後で体調を崩してしまったのだろうか?
向こうの時間と日本での時間がどうなのかは分からないが、もしも向こうももう夜とかだったら……体調不良の中で干渉するのは迷惑だよな?
そもそも、どうやって干渉するか。空間に干渉して……リアンナのように無理やりにレティシアに会ってみるべきか?
いや、それだと時間制限がある。今は、ゆっくりと今後の話をしたい。
まずは、レティシアの様子を見てみようか。
魔界の門にいた勇者の魔法の一つ、遠視の魔法を試してみるか。
これ自体は別にそこまでの性能はないのだが、どんな場所にいる相手をみることもできるらしい。
そして、それで見た相手に、遠隔から魔法をぶち当てることができるらしいので、仮に目を閉じていても使えるそうだ。魔界の門にいた勇者が使い方を教えてくれた。
あと女湯とか覗き放題らしい。えろ勇者め。
静かに目を閉じ、レティシアの魔力を感じ取ることに集中する。
それから、魔法を発動し、レティシアの様子を伺う。
見えた……! レティシアだ! 彼女が薄手の格好でベッドで横になっている姿だ。
やっちまった! 意図せずえろ勇者と同じ使い方をしてしまった!
まあ、そもそも、女性を遠方から見ようとしているのだから……こういった事故の可能性はあるよな。
とりあえず異世界の外を見てみると、こちらと同じような時間帯っぽい。
彼女はベッドの上に横たわっていた。
肌を露出した薄着で、普段の彼女らしくない格好だ。胸元が大きく開いた服で、シーツにくるまっているけど、疲れ切ったようにぐったりしている。
目の下にはうっすらとクマができていて、頬も少しこけてるように見える。髪もボサボサ……明らかに異常な様子だ。
「……なんだよこれ」
こんな状態の彼女を見るのは初めてだ。異世界でも、どんなに疲れていても気丈に振る舞っていたレティシアが、こんな姿を晒しているなんて、おかしい。
いやまあ、そりゃあプライベートな空間で多少気を抜いていることはあっても……ここまでのものは見たことがなかった。
見ちゃダメだろうとは思いつつも、目が離せない。
やつれた彼女の姿を見ると、俺の胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
ど、どうしようか……。
声をかけるにしても、どう考えても今はやめたほうがよさそうに見える。
ていうか、部屋を覗き見したなんてなれば、絶対レティシア怒るよな……。
……声をかけるのはまた後にした方がいいかもしれない。
ひとまず、この方法で様子を見ることはできると分かった。
遠見の魔法と合わせれば、遠隔でレティシアに干渉できるので、そこで落ち着いて話すことはできるだろうと思っていたが……これは。
……とりあえず、この方法で干渉できる可能性は出たわけなので、また明日にしようかと思っている時だった。
レティシアが何かを喋っているのが聞こえてきた。
……遠見の魔法はその場の音を拾うこともできる。ちょっと気になったので、声を拾ってみることにする。
……だって、なんか急に笑い出して怖いんだもん。明らかに、今のレティシアは異常だ。
彼女の周りには誰もいない。
俺はその光景に戸惑いながら、声を聞く。
『ふふふ、シュウジ。今日も一緒ね』
「……!?」
びくっとした。思わず声が漏れ出そうになる。
レティシアの口からシュウジの名前が漏れたんだからな。
バレた、ってわけではなさそうだ。
俺に気づいたのかと思ったけど、別にそういうこともなさそう。
……そして、もちろんそこに俺はいない。彼女が見つめている先には、何も、誰も存在しない。
だが、彼女の目には確かに誰か――いや、シュウジ、という人物が見えているようだ。
『あら、そんな風に優しくしてくれるの? 嬉しいわ。でも、照れちゃうわね……』
ふわりと微笑みながら、何か嬉しそうに抱き枕のようなものに抱きついている。
まるでそこに、俺――幻想のシュウジが存在するかのように。
彼女の頬が薄らと赤く染まり、優しく目を細める。
彼女の中では、シュウジとの甘い会話が繰り広げられているとでもいうのだろうか?
あれ? ……もしかして、レティシアも、やばい?
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