レティシアの苦悩

 修二が異世界に召喚され、旅立ってまもなくだった。

 勇者の仕事の一つとして、世界のあちこちで発生している問題を解決していくというものがあった。

 問題解決を行いながら勇者としての力をつけ、最終的に魔界の門を封じるための力を蓄えるために。

 魔界の魔族たちの視点で言えば――より、良い餌となるために。




 旅が始まってすぐの頃だった。

 パーティーのリーダーとして立候補したレティシアは、その役割に全力で取り組んでいた。

 勇者の中で、誰よりも前に立ち、誰よりも強くあろうとしていた。

 レティシアは、誰よりも優秀な勇者になりたかったからだ。国や家族たちから次の勇者が選ばれるまでの時間が少しでも長くなるために――。


 とある地方のダンジョンに挑戦する前のことだった。

 レティシアはその日も胸を張り、笑顔とともに宣言する。


「みんな、あたしに任せて。あたしがリーダーなんだから、罠の探知も、魔物の索敵も全部やるわ!」


 胸を張り、いつものように宣言したレティシアにぽつりと口を挟むのは修二だ。


「別に全部やる必要ないだろ? 疲れたら交代でいいんじゃないのか?」


 あくびをしながらの提案。

 その態度が、レティシアは腹立たしかった。

 というよりも、レティシアとしては初めからこの修二という導き手が好きではなかった。


 見た目はくたびれたおじさんで、それが態度にも出ていた。

 わかりやすく言えば、やる気や生気が感じられなかった。

 何より、レティシアはもっとかっこいい人が良かったため、とにかく色々と不満はあった。


「ふん! あたしが疲れるって言いたいの!? あたし、これでもあたし、ルフィル王国の同世代の中じゃ一番優秀だったのよ!?」

「はいはい。まあ、無理せず、疲れたら言ってくれよなー」


 その修二の態度が気に食わなかったレティシアは、彼に見せつけるようにダンジョン内では自信満々に指示を出し、仲間たちを引っ張っていった。

 ダンジョンの攻略は順調に進んでいく。

 だが、レティシアは……表情にこそ出さなかったが次第に疲労が溜まっていた。


 ただ、それを表に出すつもりはなかった。啖呵を切ったため、修二に情けなく助けを求めるようなことはしたくなかったからだ。


「レティシア。そこ右に曲がった方が次のフロアまで近いんじゃないか?」

「……っ! い、今はあたしがリーダーなの! 命令しないで!」


 まだ、旅に出たばかりで未熟だったこともあり、レティシアはムキになって叫んでしまった。

 そんな態度のレティシアに対して、修二は優しく諭すように声をかける。


「……悪かった、悪かった。でも、役割分担しないか? 俺も暇になってきてな」

「しないわよ! あたしがリーダーとして、ちゃんとできるんだから!」

「でもな……リーダーっていうのは、周りをうまく使ってこそなんだぞ? 俺が前にいた職場の人でな? 全部仕事を引き受けちまって……最終的にどうなったと思う?」

「知らないわよっ。何の話がしたいのよ!」

「最終的には仕事抱えすぎて毎日残業残業。最終的に体壊しちゃった人がいたんだよ。うまい人ってな、たぶん仕事を適切に部下に割り振れる人なんだと思うよ。まあ、俺はそういう立場まで出世できたことないんだけどな……」

「じゃあ、結局わからないってことでしょ!? とにかく! 今はあたしの指示に従いなさい!」

「……了解」


 レティシアは、疲れているのを修二に悟られたのが何より頭にきていた。

 そこで意固地にならずにきちんと認めて、修二に役割分担をすればまだ良かった。

 だが、レティシアはまだ未熟だった。そして、何より……小さい頃からずっと完璧で周りから褒め続けられたプライドが邪魔をした。


 そうして、レティシアは疲れを隠したままダンジョンの攻略を行っていたのだが――。


「おい、レティシア!」

「……え!?」


 初めてみる修二の血相を変えた顔と、焦ったような声。

 そして遅れてレティシアは気づいた。自分が、罠に気づかずそこに踏み込んでしまったことを。


「――っ!」


 床の一箇所が沈み、不気味な魔法陣が浮かんだ次の瞬間。

 レティシアの目の前に、魔法の罠が現れ、鋭い刃が振り下ろされてきた。


「危ないっ!」


 修二がすかさず前に飛び出し、レティシアを突き飛ばした。

 そうなれば、その刃の被害を受けるのは――。

 修二の腕を刃が切り裂いた。レティシアの眼前で、鮮血が飛び散り……彼の片腕がその罠によって切り裂かれてしまった。

 無惨にも修二の腕が落ち、その場で修二が叫んだ。


「あっ……!」

「あがああああ!? 痛みに耐性あるのに、やっぱいてぇ!」

「しゅ、シュウジ様! か、片腕をすぐに治療します!」

「頼むぅっ! 利き腕なんだっ、飯食う時困る!」

「……それより心配するべきことがあると思う」


 ぼそりとリアンナがツッコミを入れている中で、レティシアはただただ呆然としているしかなかった。


「く、くっつけました……!」

「フェリス! 腕の向き逆! こ、このぽんこつ!」

「あ、あう! す、すぐにくっつけなおします!」

「いだっ!? 無理やり回すのかい!」

「は、はい……! ここでヒールをかければ……はい、元通りです……!」


 治療は……多少の問題点はあったが、完璧に終わった。

 それから修二は無事にくっついた腕が動くのを確認するように手をグーパーと動かしていた。


「……マジですげぇな異世界。ボンドでくっつけたみたいにくっついてんな。フェリス、ありがとな。ナイス」

「えへへ……フェリス凄いですか。ありがとうございます」

「ただ、最初に逆にしてつけたのは気をつけるように。とにかく、落ち着いてくれ」

「……は、はい!」

 

 修二がそう言ってから、レティシアへと視線を向ける。

 びくり、っとレティシアは肩をあげ、それから口を開こうとして、閉じた。


「レティシア。さっきの罠は気づいたのか?」

「………………気づかなかった」


 いまさら強がることはできなかった。


「だろうな。それまで完璧だったのに、なんでだ?」

「……」


 レティシアはぎゅっと唇を噛んでから、視線を下げる。


「……疲れて……たから」

「だろうな。俺、何度か言ったよな? 途中で交代してもいいんだって」

「…………うん」


 でも、だって……という言い訳の言葉が浮かんでいたが、それをレティシアは飲み込んだ。


「これから先、まだまだ旅をしていくんだろ? ずっと、一人で気張っていくのか?」

「……それは……でも、あたしが、リーダーだから――」

「俺たちは仲間なんじゃないのか? ……一人で抱え込むなって。戦闘中みたいにさ、それぞれがそれぞれの得意なことをしていた方が効率よく旅もできるんじゃないか?」

「……それは…………うん」

「よし、それじゃあ次からはもっと頼ってくれ。皆の得意分野を見つけ出して、仕事を割り振るのがリーダーの仕事なんだからな。そういうわけでこの話は終了。先進むか?」

「……ごめん、なさい」


 レティシアは浮かんできた涙をこらえきれず、目元を擦っていく。

 それでも涙は抑えきれず、わんわんと泣いてしまった。


「泣くなって。もうこの話終わりでいいから」

「だ、だめよ……。だって……あたしのせいで……腕が……あたしのせいで……シュウジが痛い思いしちゃって……ちゃんと、謝らないと……」


 レティシアは涙を拭いながら、修二に頭を下げた。


「大丈夫だって。とにかく、お前に怪我がなくて良かったよ。レティシアに何かあったら、皆悲しむからな。もちろん俺もな。朝起こしてくれる奴がいなくなっちまうし」


 修二が冗談を言いながら微笑む。

 レティシアはそれからしばらくその場で泣いていた。




「夢……」


 レティシアは真っ赤な顔を何度も擦っていた。ここ最近、レティシアは昼夜問わず眠っていた。

 起きていても、苦しいだけだった。必死に、修二と話していても、心のどこかでそれを否定してしまう自分がいたからだ。

 だったら寝ているのが一番楽だった。


「あんた……皆で、相談しようって言ったじゃない……なんでよ…………なんでよ!」


 レティシアは声を荒げ、枕に拳を叩き込んだ。

 加減しなかった一撃で枕は壊れ、ベッドがへし折れた。

 それから、レティシアは窓の外へと視線を向ける。


「ここから、飛び降りて死ねたら……シュウジに会えるのかな」


 だが、レティシアはすぐにその考えを振り払うように首を横に振る。

 それは絶対に修二が望んでいることではないとわかっていたからだ。

 だけど、そうなれば修二と会うことはできない。

 レティシアはそんな現実から逃げるように、口を開いた。


「シュウジ、あたし今日もね――」


 レティシアは必死に彼を作る。想像でもなんでもいい。

 そうしていないと、耐えられなかったから。




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