第30話
柚香はしばらくして、疲れていたのか寝息を立て始める。
この状況を誰かに助けてほしいものだ。ただ、そんな都合よく誰かがやってくることなんてない。
……その、はずだったのだが。
突然、俺の眼前に異変が起こった。
「……なんだ?」
空間にぽっかりと穴が開き、強い魔力が漂ってくるのを感じた。
俺は驚いてそちらに目を向けると、ひょこりと頭だけがその空間から顔を出した。
……少し驚きはあったが、それでも異世界での経験があったおかげで大きな声を出さずに済んだ。
「……う、ぐ……っ!」
……見覚えのある、ドラゴニュートの女性。
「……リアンナ、か?」
俺の呼び声に反応するように、リアンナがぱっと顔をあげた。
「……シュウジ!? シュウジ……!」
顔だけを出した状態で、リアンナがこちらを見ている。
彼女は何かとんでもなく力を込めているのか険しい表情なのだが、俺を見るとぱっと輝いた。
その瞬間、向こう側に引きずり込まれたかのように見えたが、彼女はその持ち前の力で空間の歪みを掴んでいる。
「……な、何やってんだおまえ!?」
「あなたに、会いに……来た……っ」
凄い状態で、凄いこと言ってるぞこいつ!
リアンナの突然の登場に驚きながらも、俺は柚香に対して即座に魔法を発動していた。
……今、この状況で大問題なのは柚香が起きることだと本能が理解していた。
さっき……ああやって嫉妬の気持ちを告白していたんだからな。それでこうしてまた別の女子に会っていたら……怖い。
……ひとまず、柚香はまだ眠っていた。とりあえず、この状態はバレていないようだ。
ただ、あくまでそれは一つの場面の状況を切り替えただけにすぎない。
人の頭ほどが通る程度の小さな穴。空間の歪みともいえるようなそこに、リアンナは必死な様子でしがみつきながら、こちらを見ている。
俺は安堵の息を吐きつつも、リアンナをじっと見つめる。
「……シュウジ……ッ! よかった、やっぱり、やっぱりシュウジだったんだ……っ」
嬉しそうに笑顔を浮かべていたリアンナは、空間に引き戻されそうになっているのか必死に腕に力を込めているのが分かる。
……ていうか、その次元の狭間の境界って力技でどうにかなるものなんだな。
「……よく、分かったな」
「なんで?」
「だって俺、若返ってるだろ」
リアンナと接していた俺は、ただのどこにでもいる冴えないおっさんだった。いやまあ、今はただのどこにでもいる冴えない高校生なのかもしれないが。
面影はあるかもしれないが、恐らく多くの人は同一人物だと認識できないと思う。良くて、親子とか。
しかしリアンナは俺の顔をじっと見てから、嬉しそうに微笑む。
「うん、かっこいい」
そりゃありがとう。
だけど、今は容姿の感想を聞いているわけじゃないんでな。
その指摘は的外れである。
……俺の若返っている……というのは正確なところではない。恐らくだが、俺は過去の自分へと憑依するような形で、帰還したんだと思う。
そうなると、リアンナたちとはそもそも時間軸のズレが起きているはずなのだが……目の前にいるのは、旅を終えた後のリアンナの姿があった。
どういうことかは、正直言って分からない。ただ、そもそも異世界というものが存在する時点で、常識が通用しないということだけは確かだ。
とりあえず、まずは……目の前にいるリアンナと話をするのが先か。
「シュウジが、勝手に魔界の門に向かってから……私、凄い落ち込んでた」
「……勝手、っていうか」
「……勝手!」
「……助けたかったんだよ」
……もう会わないと思って、ちょっとポエムな置き手紙を残していたものだから、恥ずかしくなってきてしまった。
「勝手!」
壊れたように叫ぶリアンナ。
むっと頬を膨らませるものだから、俺はそれに謝罪を返すしかない。
「……それは、悪かったよ」
「……別に、責めたい……ってわけじゃない。シュウジが私を助けたくて、私に生きてほしくてああしてくれたっていうその気持ちは、届いているから」
「いや、リアンナだけじゃなくて、レティシアやフェリスもそうなんだけど」
「今他の女の名前は出さないで」
「……おう」
あっ、はい。……リアンナが頬を膨らませて可愛らしくむくれているのだが、彼女の場合、本気で怒らせると洒落にならない。
どうにも、今のやり取りから予想するに、レティシアやフェリスにこの現在の状況については、伝えていないようだ。
「シュウジがいなくなってから……本当に寂しかった」
「……まあ、そういってもらえるのは悪い気はしないな」
「……こうやってまた会えて……本当に良かった」
「俺も……まあ、まさかまた会えるとは思ってなかったからな……嬉しくはあるけど」
……異世界に、もう一度行く、とか行ける、とかは最初から考えてもいなかったしな。
「それでシュウジ……さっきからずっと気になってるんだけど」
なんか急に声が低くなったぞ?
リアンナは笑顔のままではあるのだが、その視線はすっと下がった。
俺もその視線に釣られるようにして目線を下ろせば、あら、可愛らしい柚香が気持ちよさそうに眠っているではありませんか。
リアンナもまた、俺の膝の上で眠る柚香をじとりと睨んでいた。
「……なに、これ?」
リアンナが小さくつぶやく。彼女の視線は明らかに敵意を感じさせるものだ。
もしかしたら、浮気がバレた男というのはこんな気持ちになるのかもしれない。
いや、俺の場合浮気とかじゃないんだけど!
「いや、その……ここは俺の世界でな、彼女は俺の……雇い主っていうか」
「雇い主……? シュウジの世界……確か、ニホンだったっけ? ニホンでは、雇い主の事、膝枕するの?」
リアンナの見事な指摘に返す言葉が見つからない。
も、もうこうなればごり押しするしかないのではないだろうか?
「お、おう……まあな」
じろっと見てくる。めっちゃ疑われてる!
「……まあ、いい。それで、これからのこと、なんだけど……っ」
リアンナは俺の嘘に気づいた様子を見せながらも、表情を歪めながらすぐに次の話へと移っていく。
さっきよりも、彼女が空間を掴む腕に力が込められている。
リアンナは険しい顔で声を張り上げた。
「……私を、引っ張って……シュウジ」
「……は?」
「……今も、私は世界に引きずり戻されそうになっている。でも、私はシュウジの世界に、いきたいから……引っ張って……っ」
「い、いや待て待て待て……」
何を言っているんだ、こいつは。
「俺の世界に来て、それでどうするつもりなんだよ」
「シュウジと結婚する」
「そんな当たり前みたいに言うんじゃない! ……手紙にも書いておいただろ。自分なりの生き方を見つけろって」
「見つからない。そんなの」
冷たく言い放ったリアンナは、それから悲し気に笑う。
「国に戻ってからの私を、シュウジは知ってる? ……周りの人たちに、やっぱりこの力は恐れられてる。皆、びくびくしてる」
悲し気に目を伏せる。……リアンナは、ドラゴニュートの中でも特に力が強く、常に孤独に生きていた、とは聞いていた。
「会いたかった。ずっと……会いたかった。シュウジだけが、私の力を認めてくれる。シュウジだけが、私の隣にいてくれる。私は、シュウジだけいればいい。シュウジ以外は、何もいらないの」
……だけど、リアンナが恐れられていることを悲しんでいたが、それだけではないことも知っている。
彼女が、その強い力でたくさんの人を救ったことで、そんな人たちに感謝されているということも。
「お前のことを……褒めている人たちもいた。その強い力に助けられ、感謝している人たちもたくさんいただろ? ……もっと、周りに目を向けてみないか?」
ずっと一緒に旅をしてきて、彼女は俺に盲目になってしまっている。
だが――
「興味ない」
リアンナは淡々と、冷たくそう言い放った。
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