第29話

「それはまあ……でも、学園での友好関係も大事だろ?」

「それはそうだけど……。七瀬さんは、私の知らないキミを知ってて……それってずるいんだもん。だって、キミは私の騎士様なんだよ? そういうわけで、キミのこと。色々聞きたいなって思って。これから毎晩、ここで私と色々お話したいんだけど、ダメかな?」

「……なるほど、な」


 それはつまり、俺が彼女と出会う以前の話をしてくれって話だろう。

 ……もちろん、異世界とかの話はなく、あくまでこの日本での俺の過去についてだよな。


「私が誰よりもキミのことを知ることができれば、こんな嫉妬心もなくなると思うんだよね。ほら、私が一番、ってなるんだしね。正妻の余裕ってやつだね」


 正妻とかじゃないんだが。


「第一だよ? 今日は本当は、キミとカップルみたいな感じで色々学校生活とかしたかったんだもん。そんな普通の生活を送ってみたかったの。そういうの経験できる機会少ないし……だからね、学校で甘えられなかった分、ここで私が甘えてもいいかな?」

「……まあ、いいけどさ」


 柚香は俺の返答を聞いて、嬉しそうに頬を緩めて膝に頭をのせてきた。

 そして、そのままぎゅっと俺に抱き着いてくる。


「……他の子と、あんまり仲良くしすぎちゃダメだからね。全くダメってわけじゃないけど、でも、あくまでキミは私の騎士様なんだから」

「……騎士様、か」


 ……柚香の言葉に、俺は頷きながらも内心では焦っていた。

 お、思ったよりも柚香が俺に対して、重たい感情を持っている。


「そう、騎士様なの。……あの時、助けてもらって……私、一目惚れしちゃってるんだから」

「……一目惚れって」

「覚悟してね」


 そう言って、柚香はさらに強く抱き着いてくる。恥ずかしいのか、彼女の耳が少し赤くなっているのが目に入った。

 ど、どうしようか……。


 彼女の純粋な気持ちを素直に受け入れるには、俺の心境はまだ整理できていないんだぞ。

 あくまで、俺は困っている彼女を放っておけなくて、手を貸した。


 彼女のボディガードを引き受けたのだって、子どもとして甘えたいはずの彼女が無理をしている姿が辛そうに見えたから。


 異世界の三人と……被ったんだよな。


 普通の生活を送りたいって願う彼女の気持ちを叶えてやりたいと思っただけで、それ以上の感情があるわけじゃない。


 ……どうしたもんかな。




 ――リアンナは、修二たちとの旅の途中で立ち寄った宿により、一人休息をとっていた。

 旅の目的は……思い出の追憶。リアンナは旅を、修二を思い出すようにこれまでに立ち寄った場所に足を運んでいた。


 以前、借りた四人部屋。修二が眠っていた場所のベッドに腰掛けたリアンアだったが、そこには綺麗に清掃されたベッドが残るばかり。


 修二の痕跡が残っているということはなかった。

 修二の遺品は皆で分けたのだが、リアンナがもらったのは訓練用に使っていた模擬剣だ。空間魔法を発動し、しまってあったそれを手に取る。


 柄の部分をリアンナは握りしめ、修二の手があった場所のぬくもりをイメージし、感じ取る。

 今のリアンナにとっては、それくらいしか修二との繋がりはなかったから。


「……シュウジ」


 リアンナは、もう何度目か分からない嘆きの声とともに涙をこぼしていた。

 その日も、いつものようにシュウジを思い、夢の中で彼に出会えることを期待して、眠りにつこうとした。

 その、時だった。


「……っ!?」


 リアンナは、懐かしい感覚を覚え、すぐに目を見開いた。


「今……なんで……」


 リアンナは、驚きながら周囲へと視線を向ける。


「……私の、力を使った。シュウジが……どこかで、私の力を……今、使った……? なんで? どうして?」


 あまりの衝撃に、リアンナはまるで理解が追い付かず、狂ったように言葉を口にしていく。

 リアンナはすぐに状況を丁寧に分析する。

 勘違い、で終わらせられるものではなかったし、勘違いで終わらせたくはなかった。


「……この剣? 違う……。絶対に、どこかで力を使った。……死後の世界? ううん……違う。そういったものとは、明らかに……違う」


 リアンナは顎に手をやり、それから修二のことを思い出していく。

 魔界の門は次元の狭間に存在していて、そこに入った修二はそのままいずれは体が消滅するはずだった。

 仮に、魔界の門にいる魔族の全てを倒したとしても、次元の狭間から戻ってくることは不可能だ。


 しかし、とリアンナは先ほどの魔力を感じ取ったところから、あることを考えた。

 あの時、魔界の門に三人が到着した瞬間――修二はその役目を終え、次元の狭間にいたので、正しく戻れたかは不明だが、元の世界へと帰還したのではないか、と。


 もしも、そうだとすれば、修二が今も生きていて、彼の世界で過ごしている可能性を考えれば、おかしなことはない。

 そんな、自分にとって都合のいい希望だらけの結論を出したリアンナは、まだ遠くから感じ取れるかすかな修二の魔力を強く意識する。


「……アァ……ッ。シュウジ……ッ! そこに……いる、よね……?」


 かすかに感じた修二の魔力をいとおしく、リアンナは抱きしめる。

 修二との再会を純粋に喜ぶ心とは裏腹に、同時にリアンナの中には一つの黒い考えも浮かんでいた。


「……これは、チャンス」


 リアンナはすぐにその魔力への感知を強め、細い糸のようなその魔力をたどっていく。正確な場所と位置を把握しながらリアンナは口元を歪める。

 リアンアの脳内には、二人の勇者の顔が思い浮かんでいた。


「二人に、シュウジが生きていることを伝えるのは、後。……私は別に、側室は認める」


 二人にもそのくらいの権利は与えてもいい。

 ただ、正妻の座だけは、譲らない。


「――でも、一番は私なんだから」


 二人を出し抜いた後に、その事実は伝える。

 リアンナは小さく口元を歪める。


「――シュウジ……っ」


 完全に、魔力を捕捉した。

 リアンナは、自分が持つ魔法の力を高めていく。

 空間を歪めるように魔力を込めていく。


 元々は、勇者たちが持つアイテムをしまっておく程度の空間魔法。

 今は、その空間魔法により強い負荷をかけ、空間を捻じ曲げていく。

 大量にあった魔力の全てを注ぎ込んでいったリアンナは、空間がバキバキと歪む音をあげているのを感じ取りながら、その空間に頭から突っ込んでいった。

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