第28話

 柚香の言葉に、俺は頷いて雅人を見る。

 なんとなく、和馬のその姿は想像できるな。


『まあ、兄さんが暴れてたのは僕が煽りまくったせいなんだけど……』


 子どもか。


『まあ、兄さんはキミにご立腹のようだよ』


 理不尽すぎんだろ、橘家。

 彼はくすくすと微笑んでいたが、それから眼鏡を中指で押し上げてから、こちらを見てくる。

 眼鏡の奥にある瞳は、かなり鋭くこちらを見ていた。


『修二。ひとまずは、おめでとう、と言っておいてやろう。……まあ、僕としてはそのままやられてくれた方が良かったんだけどね』


 なんで俺こんなに歓迎されてないんだよ。もう七瀬のところに行っちゃうぞ。


『本当……やられてしまえば良かったものを! ……柚香が、貴様に偉く懐いていると聞いている! それを思うだけで! それを思うだけで、僕はお前の喉をかっきりたい衝動が抑えきれない!』


 雅人はその場にあったペットボトルを掴み、近くのソファを叩きまくっている。

 ……うん。この兄貴もやばそうである。


「橘家の人間はまとまな奴がいないのか?」

「皆様、まともだと思いますが」

「いやいや。妹のことになるとどいつもこいつも情緒不安定になりすぎじゃないか?」

「それは当然です。柚香様に関して、あのように衝動的になるのは普通のことではありませんか? 私も、同じ気持ちですよ」


 うん、やべぇ! ここにはまともな奴がいない!

 画面越しでしばらく暴れていた雅人は、顔を真っ赤に、鼻息荒くこちらを見てくる。


『というわけで、和馬。次は僕から刺客を送らせてもらうよ。……僕の刺客は、兄さんのとは違って非常に優秀だからね。覚悟しておくんだね』

「……え? これ、続くの?」


 そんな俺の疑問に答えることはなく、ビデオレターはそこで終わってしまった。


「私が詳細な情報を頂きましたが……どうやら、まだ続くようですね」

「橘家の人たちって、実は暇なんじゃねぇの?」

「それだけ、柚香様のことを気にかけているということですよ」


 過保護がすぎる。

 まあ確かに、柚香はかなり可愛いのでそりゃあ兄たちからしたら心配するのかもしれんが、そのせいで柚香が普通の生活からかけ離れてるんだもんな。


「悪いな、柚香。お前が送りたいっていう普通の生活までまだまだ時間かかりそうだ」

「え? 別にいいよ? 今こうして修二に守ってもらってるのってなんだか、とっても楽しいからね」

「……」

「あっ、でも……もしも負担だったら言ってね? 私から、お兄様たちにびしっと言うから」


 ……それをすれば、あのお兄様たちなら諦めてくれるだろう。

 けど、それだと柚香に対する過保護、はなくならない可能性がある。

 彼女が、真の意味で自由な普通の生活を送るには……やっぱり、俺がやるしかないか。


「いや……それは、いい。別に負担にはならないからな」

「……そう? ありがとね」


 柚香はにこりと微笑む。まるで、こちらの意図を見抜いたかのような嬉しそうな表情だ。

 それから、部屋へと戻ろうとしたところで、柚香に手招きをされた。


「修二、ちょっとお話しない?」

「……お話?」

「うん。ちょっとね。今日の学園のことで、色々と話しておきたかったんだよね」


 にこり、と笑顔を浮かべる柚香。

 なんだかちょっとその笑顔は怖い。あれ? 何かちょっと不満が溜まっていそうな感じだ。

 こういう時は、関わらないのが一番だ。そう思い、俺は何とか言い訳を考える。


「……その、俺ちょっとお腹痛くて」

「トイレ行きたいの?」

「あ、ああ」

「じゃあ、トイレでお話でもいいよ?」

「……」


 このお嬢様、全く気にする様子がない。

 さすがにトイレで話したくはなかったので、俺は諦めるように肩を落とす。

 初めから柚香も分かっていたようで、彼女はベッドに腰掛けると、とんとんと隣を案内するように手を叩いた。

 言われるがまま、俺は彼女の隣に腰掛けると、柚香はこちらを見てきた。


「さて、何のお話か分かるかな?」

「学園のことだよな? ……うーん、授業についていけるかどうかとか?」


 すっとぼけてみた。


「それはそれで気になってはいるんだけどね。大丈夫そう?」

「ああ、特には問題ないな」

「じゃあ、この話は終了。次は?」

「……えーと、部活動のこととか? 佐伯のこと、結構苦手なのか?」

「苦手ってわけじゃないよ? でも……佐伯さんは新しいことに凄い興味持つ人だし……キミのことも、絶対興味持つって思ったんだもん」


 むすっと頬を膨らませる。


「……俺のこと?」

「そう。今日の本題はそこだよ。学園でたくさん女子に囲まれてたねぇ? 楽しかったかなぁ?」


 うん、めっちゃ怒ってる!


「……楽しかった、っていうか。あれは、柚香がいたからだろ?」

「かもしれないけどね。キミに凄い皆興味持っててね。なんだかキミが楽しそうに話してるのを見てるとね、ちくちく胸が痛かったんだよね」

「……なるほど」

「……私の騎士様なのに、なんだか皆興味深々だったねぇ? 特に七瀬さんと佐伯さんが凄い親しくしてたよね? 分かりやすく言うとね。私の隣を奪おうとしてきて嫉妬しちゃってましたよ?」


 柚香がむーっとこちらを見てくる。

 ……まあ、確かに柚香は学園でも、明らかに佐伯と七瀬の二人に絡みにいっていたな。


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