第31話

「……なんでだ?」


 もっと周りを見てみれば、きっとリアンナの狭くなってしまった視野が広がるはずだ。


「それは……こっちのセリフ。なんで……シュウジは私のこと嫌い? 一緒にいるの、嫌……?」


 今にも泣きだしそうなリアンナの顔に、俺は唇を噛む。

 ……そりゃあ、五年も一緒に旅をしてきたんだ。

 嫌いなわけがない。


「……いやそんなことは、ない」 

「私は……あなたと一緒に暮らしたい……この世界でもいい。私にとっては、あなたがすべてなの。過去に囚われていた私に手を差し伸べてくれて、私の命も救ってくれて……そんなあなたに、私の血の一滴まど で。全てを捧げたいの」


 狂気すぎて、逆に無邪気とも思えるようなそんな笑顔。

 ……あまりの感情をぶつけられてしまったからか、

お腹の奥がキラキラと傷んできた。

 俺が考えていた以上に、リアンナは俺に対して強い思いを抱いているようだった。


「だから、私は……あなたの世界に行く……っ」


 リアンナが、さらに魔力を籠め、空間を破壊しようとする。

 そのせいか、俺の周囲も激しく揺れているような感覚を覚え、俺はすぐに違和感がなくなるように魔法を使用する。

 

 彼女の感情は止まらない。リアンナは俺の方に手を伸ばし、俺の手をぎゅっと掴んだ。


「もう二度と、どこにも行かせない! 私は……あなたを絶対に離さない……!」


 その瞬間、リアンナの力が強く発動したのか、空間がぐにゃりと歪み始める。それが、リアンナの体を引き裂こうとするように見えた。

 ……世界が、強制的にリアンナを元の世界へと引き戻そうとしているのが分かる。

 

 迷う。

 この場で、リアンナの手を掴み、こちら側に引くべきなのか、否、か。

 ……俺が異世界にいた間、何度も感じていた疎外感。世界から拒絶されるような感覚とともに、旅の途中で聞いていた話を思い出す。


『本来、その世界に存在しないもの……つまりは異世界から召喚された勇者の導き手には時間制限があるんだ。……あまり、この世界に長く居続けると、その体が壊れていってしまうかもしれないよ』


 ……そんなことを聞いたのだ。あれは過去にあの世界に留まることになってしまった勇者の導き手の子孫から聞いたものだった。

 ……もしも、リアンナがこちらの世界に来たとして、俺と同じ状況になったらどうなる?


 世界が、リアンナを受け入れていないのだって、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。


「リアンナ……こっちに来て、お前の体に何かあったらどうする? 元の世界に……戻った方がいい」


 リアンナは苦しそうに顔を歪め、俺を見つめ続ける。


「シュウジ……離さないで……!」


 すがるような目とともに、涙をこらえていたリアンナ。

 ……できるわけ、ないだろうが。

 俺は、リアンナたちを守りたいと思ったから、命を賭けて戦ったんだ。

 ここで、彼女を傷つける可能性のあることを俺はしたくはなかった。


 ……今にも泣きそうなリアンナの顔を見れば、もちろん迷いもある。

 だが、俺は、彼女の手を離した。


「……シュウジ」

「……今、こっちに来てもお前の体が危険になるかもしれないんだ。お前に、何かあったら……困る」

「でも、私はシュウジと一緒にいたい……! 限られた時間でも……私は――」

「……それだと、俺が喜べない。……お前がいついなくなるか分からない状況で、一緒にいられると思うか? 今のお前に心配させたのは悪かったよ。……でも、それを今度はお前が俺にするのか?」


 ずるい言い方だとは思う。けれど、それがもっとも彼女の説得に向いた言葉だとも思った。


「……それは――分かった」


 リアンナは片手で空間の端を掴みながら、ゆっくりと声をあげる。


「――でも、諦めないから。必ず、また会いに来る」

「……」


 リアンナはそう言い残し、空間の先に吸い込まれていった。


 ……どうしよう。


 リアンナが……ここまで俺に執着しているとは思っていなかった。

 そりゃあ彼女とは仲良くしていたし、懐いてくれているなとは思っていたけど……ここまで重い感情をぶつけられることになるなんてな。


 ……勇者の導き手の仕事って、まだ終わってないのかもな。


 ひとまず、リアンナがあんな状態ではダメだ。どうにか、彼女が前を向いて歩いて行けるようにフォローしないといけない。


 俺一人では、どうしようもないよな。

 レティシアかフェリスにどうにかしてもらうほうが……いいよな。


 一緒に旅をしてきた仲間であり、リアンナの力に怯えることなく接することができる彼女たちならば、リアンナの暴走を止められる可能性がある。


 リアンナがこちらの世界に干渉してきたように、今度は俺がどうにかして向こうの世界に干渉して、レティシアかフェリスに相談をしようか。


 あのまま、リアンナが俺に依存した状態が続いてしまうのは、彼女のためにもよくない。

 もう異世界に関わるつもりはなかったんだけどな。


 レティシアとフェリスは……少なくともリアンナのようにはなっていないはずだ。

 二人とも、しっかりしている部分があったからな。

 あの三人だと、リアンナが一番甘えん坊でもあった。


 ……とりあえずリアンナを助けるため、彼女たちに協力してもらって俺への依存をどうにかしないとな。


「……異世界、どうやって干渉するかね」


 柚香のことだって色々とあるなかで、異世界の問題もあるなんてな。

 全て解決したと思っていたが、まさかこんな落とし穴があるなんてな……。

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