第16話



「今回。真島様との契約を柚香様の家族の方々に相談したところ、長男の和馬(かずま)様からビデオレターが届きました」

「ビデオレター? なんだ、応援メッセージでもくれるんですか?」

「そちらで詳細が話されていますので、共に確認しましょう」


 そう言ったとき、巨大なスクリーンが天井から降りてきた。部屋の明かりが暗くなると、すぐにそこに映像が映し出された。

 そこに映っていた男は、どこかの高層ビルの一室から動画を撮影しているようだ。

 建物の様子や男のスーツ姿から、オフィスビルだと思われる。

 画面の中にいた男は爽やかそうなイケメンが、恐らく和馬なんだろう。

 そんな彼は、どこか不満そうに唇を3の形にして、こちらを睨んでいた。


『……一応、自己紹介をしておこうか。私は、橘和馬だ』


 通りの良い声は非常に聞きやすい。自信に溢れた声から、彼が普段からこういった場で話すのに慣れているのは良く分かる。


「真面目そうな人だな」

「和馬お兄様はかなり真面目だね。ちょっと面倒臭いときもあるくらい」

『私は、柚香親衛隊のサブリーダーを務めている。リーダーは、もちろん私たちの父だ』


 何言ってんの?


『今回は、他のメンバーたちが忙しいらしく、私が代わりにこのような形で挨拶と試験の手配をさせてもらった』

「この人は暇なんですか?」

「一応、橘グループが管理する会社の管理を任されていますので、それなりに忙しいですよ」


 もっとやるべきことあんだろ……。


『ラブリー柚香は、貴様の力を認めたようだが……今回の試験を突破しない限り、私は貴様を認めん。突破しても、認めん。柚香の護衛は、女の子がいい! 女の子同士でイチャイチャしているのがみたいの!』


 頭おかしいよこの人。


「受ける意味あるのかこれ?」

「まあ、こうはいっても認めてくれると思うよ。お兄様、基本的にいい人だからね」

『試験内容は簡単だ。私が選抜した殺し屋をお前に派遣する! そいつを退けられたら、合格だ!』

「マジかよ……」


 いい人のやることじゃなくない?


『安心しろ。殺し屋はあくまで試験用だ。本当に貴様を殺すことはしない』


 そりゃあまあ、本気でやってきたら橘家がやべぇからな。いやもうすでに十分やばいけど。


『まあ、表向きはな! 柚香に近づいたんだ! 死ぬかもしれないと思って怯えて過ごすんだな! 死ね! 超死ね!』


 殺す気満々じゃんか! そして、とても橘グループのお偉いさんとは思えない罵倒力!

 そこで、ビデオレターは終了したようで、映像は消えた。

 すぐに明かりがつき、俺は頬を引きつらせながら橘を見る。


「橘。和馬お兄ちゃんのやつ、なんか悪役みたいなことを言い残して消えてったぞ? 基本的にいい人なのか?」

「基本から外れちゃったのかも」


 外れちゃったかぁ……。できれば、戻ってきてほしいものだ。

 そこで、メイが補足説明をしてくれた。


「真島様、ああは言っていますが、殺し屋の方が周辺の警備も行ってくれるそうですよ。一応、殺し屋の方からメッセージも来てますけど『全然殺す気とかないから、安心してー』と。まあ、いわば、今はよくある研修期間のようなものです。そう思って頑張ってください」


 よくある?

 俺の知っている研修よりも随分とスパルタだ……。

 タイムリープ前のバイトとかを思い出しても、パワハラな現場はいくつかあったけど、命狙われることはなかったなぁ。

 まあでも、橘のことを考えればあのくらいは家族たちも心配するんだろうな。


 橘、明らか可愛いからな……。


 仕方ない。

 彼女の普通の生活のためにも、サクッと試験を突破してやろうじゃないか。

 俺自身も、早いところ普通の高校生活を送り、青春を謳歌したいからな。

 そんな決意を固めていると、何やら橘が真剣な顔で考え込んでいた。


「どうしたんだ?」

「私、さっきのビデオレターを聞いてずーっと気になって事があったんだよね」

「なんだ?」


 和馬の頭がおかしいということだろうか?

 だとしたら俺も同意見である。


「ねぇ、和馬お兄様のことは何て呼んでたの?」

「和馬」

「私は?」

「橘」

「不公平だと思いまーす! 呼び方の再審査を求めまーす!」

「え?」


 気になってたのそこ? もっと気にするところあったよね?

 お兄さん人殺し宣言してるよ?


「そういうわけで、これからは柚香って呼んでね! そもそも、橘って言われたら迷っちゃうしね」

「……なるほどな」


 まあ、確かに納得できる理由ではある。


「わかった。……よろしくな、柚香」

「うん、よろしくね、修二」


 俺の返答に、柚香は満足げな微笑を浮かべた。

 これからの学校生活がどうなるか、少し不安ではあるが……なんだかんだで期待している。


 ずっと通ってみたかった高校生活が、これから始まるんだからな。


 それにまあ、異世界での生活が原因なのかもしれないが……。

 ――力を試せる機会があると聞いて、うずうずしてしまっている自分がいるのも、確かだった。


 ……もしかしたら、俺はもう普通の……刺激のない生活には戻れないのかもしれないなぁ。

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