第17話

 朝、俺は鏡に映る自分の姿を見つめていた。

 着ているのは学園の男性用の制服。

 落ち着いたダークグレーのジャケットと、白のシャツにネクタイ。

 ……よくある学生服っぽいのだが、身に着けた感触がとても良い。そうとういい素材を使っているんだろう。


「修二、似合ってるね」

「そりゃあどうも」

「私はどうかな?」


 女性用の制服を身に着けていた柚香が、その場でくるりと回った。

 褒めてほしそうである。まあ、彼女の場合はもともとの容姿も整っているので、何を着ても似合いそうではある。


「似合ってるんじゃないか?」

「えー、あんまり感情こもってなーい」

「そんなことない。ほら遅刻するしそろそろ向かうぞ」


 誤魔化すようにそう言ってから、俺は柚香とともに車へと向かった。



 俺たちはメイの運転で学園近くまで向かう。

 いつもは学園までこの車で通っているそうだが、今日は違う。

 徒歩十五分ほどの距離まで行き、そこで降りる予定となっている。


 事前に聞いていた通り、徒歩での登校だ。

 車で学校に向かっている途中、柚香は目を輝かせながら通行人を見ている。


「わぁ……見てみて! 皆歩いたり自転車に乗ったりして登校してるよ! そっか、自転車もありだね」

「自転車か……中学の時は自転車通学だったなぁ」

「なんだか、凄い昔のことみたいな言い方だね」

「……いや、そんなことないぞ」


 しまった。一応、ついこの間までは通っていたんだもんな。


「私、自転車を自分で乗ったことないんだよね」

「……マジで?」

「うん。危ないからって乗らせてもらえなかったんだよね」


 過保護すぎだろ、橘家。

 あんまり過保護すぎても、ロクな大人にならないぞ?


 まあ……あの兄貴たちの姿を見れば自転車に乗ろうとしたところを止められる姿は、想像できてしまった。

 それからさらに十分ほど経った後、車は止まった。運転席から降りてきたメイが、扉を開け、俺たちはカバンを持って外に出た。


「それでは、こちらから学園まで、気を付けて登校してください」


 メイの言葉に、俺たちは頷いた。


「ありがとね。それじゃあ、行こっか」

「ああ、分かった」

 

 柚香とともに学園に向かって歩き出す。といっても、すでに隣を見れば学園を覆う外壁があるんだけどな……。

 多くの金持ちたちが通っているという私立聖蘭皇華学園。金持ちたちが出資して作られたこともあってか、その規模自体が頭のおかしなものになっている。

 俺たちの横を過ぎていく車は、どれも有名な高級車ばかりだ。それが、学園に向かっていっている。


 それでも、特待生や一応一般向けの学科もあるそうで……庶民がゼロというわけでもないらしい。

 まあでも、特待生を維持し続けられる庶民が、どれだけいるのかという話だ。


 そんなことをぼんやりと考えていたときだった。

 俺の危険感知が反応した。

 ……昨日和馬が話していたという殺し屋だろうか? こちらを伺うように、監視されているのが分かる。


 場所を特定する。危険感知の意識を集中すれば、どの方位から敵意を向けられているかはすぐに分かる。

 ……あそこ、か。

 俺は遠くに見えた高いビルへと視線を向ける。恐らくはどこかの企業のビルだろう。


 そちらからこちらを観察しているようだ。双眼鏡などで観察しているのか、あるいは近くにある監視カメラなどを利用しているのか。


 この道路は、学園の生徒の通学路だからか、あちこちに監視カメラがある。

 ……おいそれと、異世界の魔法とかは使わないほうがいいよな。異世界と違って、どこでどんな形で残るか分かったものじゃないな。


 ひとまずは、向こうもこちらの監視をする程度なんだろう。まだすぐに仕掛けてくる様子はないので、のんびり歩いていく。

 その時、異変を感じた。

 こちらを観察しているものとは別の反応が、近くに現れた。


「……なんだ?」


 その視線に気づいて振り向くと、一人の男がこちらに近づいてくる。怪しげな雰囲気を漂わせた男だ。

 彼は鋭い目とともにこちらへとやってきて、そしてポケットに入れていた手を取りだした。

 そして、こちらへと突きつけてくる。


「お、おい、お前……! あの橘グループの娘だな? 大人しくついてこい!」


 男は低い声とともに柚香へとナイフを突きつけ、そう叫んできた。

 ……もしかして、実はこっちが和馬が用意した殺し屋とか?


「あれ、もしかしてこの人が兄さんの言ってた殺し屋の人?」

「どうなんだ?」


 彼は、明らかに焦った様子だ。

 和馬から、殺し屋とバレないように、とか依頼があったのかもしれないな。


「……て、てめぇら何言ってんだ? いいから、大人しくオレについてきやがれ!」

「違うっぽい?」

「違うっぽいな」

「て、てめぇら! オレを、舐めてんだろう!」


 そう言って柚香にナイフを突きさそうとしたので、俺はその手首を掴む。

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