第8話

 と、とにかく、男が女の子を解放してくれたのは事実だ。

 ……小柄な子だと思っていたが、近くでみると意外と色々と大きな子だ。俺と、同い年くらいかもしれない。


「大丈夫か?」

「……う、うん。……大丈夫だよ」

「それじゃあ、もう先に帰っててくれ。こっちの処理はやっとくから、早く逃げてくれ」

「……え? で、でも――」


 女の子は心配そうに俺を見ていた。

 ここから先は、暴力を振るうだけになるのでできれば見たくないだろうと思ってそういったのだが。


「てめぇ、舐めてんじゃねぇぞ!」


 先ほど俺に近づいてきた誘拐犯が、持っていたナイフをためらいもなく振り下ろした。

 別にかわさなくてもいいが、たぶんナイフが折れちゃうんで俺は攻撃をかわす。あんまり、人外っぷりを発揮したらダメだ。

 この日本に適応させないと。


「このくらいか?」


 弱めに蹴りを放つと、男はまったく反応できなかったようで俺の蹴りが命中し、吹き飛んだ。

 近くの壁に叩きつけられたが……壁は壊れてないので、セーフ。そっちも回復魔法をかけておく。


「ふ、ふざけんじゃねぇぞ!」


 その時だった。車の方から声がしたので見てみると、運転席に乗っていた男がこちらに向かって車を動かしていた。

 おいおい、マジかよ。……車くらい、リアンナの馬鹿力を借りれば余裕で止められるのだが……それはさすがに女の子に見られている状況ではまずい。


 ただ、このままだと女の子まで巻き添えを喰らってしまうので、俺はすぐに女の子の体を抱き抱え、跳躍した。


「なああ!?」


 驚いたような男の声が響き、


「……あっ」

「……口開くな。舌噛むかも」


 女の子が驚いたように声をあげたので、そっと言葉を返すと、女の子は頬をほんのりと染めたまま、小さく頷いた。

 車の頭を越えるように大きくジャンプはしたが……決して人外とまでは言わない程度に加減した。


「きゃあああ!?」


 女の子の悲鳴を聞きながら、俺はアスファルトに着地し、すぐに運転席へと向かってダッシュする。向こうも、慌てた様子でブレーキを踏んでいたので、すぐに俺は運転席につき、そこから男を引き摺り下ろした。


「おい。女の子に対して何しようとしてんだ! 危ないだろうが!」

「ぐあ!?」


 そう言いながら、蹴りを放つ。ちょっと怒っていたので、加減はしない。ていうか、結局回復魔法使えば別に問題ないからな。

 即死させないようにだけ気をつければ大丈夫だと気づいた。俺天才。

 サンバでも踊るようにして男の足を粉砕して気絶させたあと、丁寧に回復魔法で治してやった。

 

 うん……後処理、どうしようか。


 こいつら誘拐犯の頭の中をいじいじして、すべてなかったことにしてやってもいいのだが……そうなると、さすがに女の子にも記憶処理を行わないといけないよな。

 さすがに、俺に危害を加えていない相手にまで魔法を使いたくはないし……うーんどうしよ。

 警察を呼んでもいいのだが、めちゃくちゃ面倒臭い。


 さっさと家に帰って、もう今日は休みたい。


 そんなことを考えながら、女の子の方に戻ると、彼女は目をキラキラと輝かせながらこちらを見ていた。

 お、フラグでもたったか? そんなことを呑気に考えていると、


「……みつけた、私の騎士様」

「は?」

「キミ、私の騎士様になってくれないかな!?」


 思っていたよりも、頭のネジがぶっ飛んだ子なのかもしれない。


「……えーと、なんだって? 何か、聞き慣れない言葉が聞こえたんだけど」


 少なくとも、日本では。


「騎士様だよ? キミ、今何かお仕事してるの?」

「……一応、コンビニバイトを、少々やって――」

「うん。それじゃあ、私の騎士様になってほしいんだ」


 あれ? 問いかけた意味は?

 いやまあ、さっきバイトも辞めてきたんだけど。


「騎士様になってくれないかな?」

「……えーと、その」

「騎士様になってくれないかな?」


 この子、「はい」って言わないと進まないタイプの選択肢みたいになってる!


 やはり聞き間違えじゃない。この子はおかしな子で確定だ。

 魔界の門にいた勇者から得た、危険感知の能力がバチバチに反応してるぜ。まさか、日本に戻ってからこんなに能力を活用するとは思っても見なかった。


 ひとまず、騎士様については聞かなかったことにして、この状況を治めることが先だ。


「えーと……名前は?」

「あっ、契約を結ぶにも名前が必要だよね。私は、橘柚香(たちばなゆずか)だよ。あなたの名前は?」

「……俺は、真島修二(まじましゅうじ)だ」

「修二だね。うん、契約成立だね」


 名前だけで契約してくるなんてこの子悪魔では?

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