第7話 レティシアの異変
人間の国でのパーティーを終え、三人はそれぞれ自国へと戻るまでに立ち寄った国でも英雄として扱われていった。
魔界の門が消滅したことで、世界の人々はこれからの未来を楽しみにしていたが、レティシアはそんな彼ら彼女らと同じ方を向くことはできなかった。
旅の途中で、フェリス、リアンナとも別れ、一人エルフの国であるルフィル王国に戻ったレティシアは、改めて家族たちに魔界の門を破壊したことを報告した。
英雄の帰還として、毎日のように称えられ、賞賛の言葉を受けていたレティシアだったが、自国に戻ったところでその心の傷が癒えることはなかった。
半ば強制的に開かれた凱旋パレードを終えたレティシアは、自室へと戻ったところでため息交じりにドレスを脱ぎ、ベッドで横になる。
『レティシア様! 魔界の門を封じた功績、未来永劫語り継がせていただきます!』
『ルフィル王国の未来は、あなたのおかげで守られました!』
先ほど参加したパレードで向けられた言葉の数々が、またレティシアの心を苦しめていた。
魔界の門を破壊したのは、修二であったことを何度もレティシアたちは伝えた。
しかし誰に、そのことを話しても、それらはなかったことにされてしまう。王たちは一言二言、修二への感謝の言葉を述べるが、結局のところ『三人の勇者たちが魔界の門を破壊した』という方が多くの人にとって聞こえが良かったのだ。
『三人の勇者たち』と言われるたび修二が本当に消えていってしまう気がして――その事実が、彼女の心を少しずつ蝕んでいく。
毎日、毎日。
――色々な国から、色々な立場の人がやってきて、面会を行っていく。
――『レティシア様の活躍で』。
――『レティシア様のおかげで』。
――『レティシア様が』『レティシア様が』『レティシア様が』。
その言葉に、耐え切れなくなったレティシアは、その日は体調不良を理由に面会を中断し、部屋に戻り、一日泣いていた。
気づけば、起きて眠ってを繰り返し、深夜の時間帯。
窓から見える月の光が、静かに部屋を照らしている。窓の外から見た月を見上げたレティシアは、それからあの日の夜のことを思い出す。
レティシアが、修二に『死ぬのが怖いと、死にたくないと語ってしまった日』。その日の夜も、今のように美しい満月の光が辺りを照らしていた。
レティシアはあの時隣にいた修二が今もいてくれると思い、隣へと視線を向ける。
もちろん、そこには誰もいない。その事実を思い出したとき、レティシアはぼんやりと涙を浮かべる。
それをこらえるようにぐっと目元を拭い去ったときだった。
『レティシア。何泣いてんだよ?』
「……え?」
そんな声が聞こえた。レティシアが驚いてそちらへと視線を向けた時だった。
「……修二?」
『あ? いきなりどうしたんだよ? 何で泣いてんだ? 幽霊でも出たのか?』
「ち、違うわよ! あんたが、いきなり消えたからでしょうが……! ていうか、あんたも幽霊苦手なくせに何言ってんのよ!」
『い、いや別に苦手じゃないし』
いつもの調子で答える修二に、レティシアは浮かんでいた涙を拭いながら、笑顔を浮かべた。
レティシアはそんな修二へと腕を伸ばし、ぎゅっと抱き着く。
『……いきなりどうしたんだよ?』
「もう……どこにも行くんじゃないわよ」
『ああ、行かないっての』
「頭撫でんなし。……気持ち悪いんだから」
『……悪かった』
そう言って手を放そうとした修二を、レティシアは首を横に振って止める。
「……ごめん。その……ずっと素直に気持ち伝えられてなくて。……やっぱり、撫でなさい。あたしが、ダメって言うまで、ずっとずっと撫でてなさい」
『いいのか? いつも嫌がってただろ』
「……だから、素直に言えなかったって言ったでしょ? ……あんたが、いなくなって、やっと分かった。手遅れになってからじゃ、遅いんだって。だから……素直に全部、気持ち伝えてあげるんだから。感謝しなさいよね」
『……いやぁ、それはさすがに。ちょっと重たいっていうか』
「は? 返事ははい以外受け付けないわよ」
『相変わらず、気の強いことで……』
レティシアは笑顔でそう返事をしていた時だった。部屋の扉をノックする音が、聞こえてきた。
「……なに?」
「し、失礼いたします。レティシア様……? その、話し声が聞こえてきたのですが……ど、どなたと話をされているのですか?」
「どなたって……何言ってるのよ? ここに修二がいるじゃない。勇者の導き手で、魔界の門を破壊して……あたしたちを救ってくれた、命の恩人よ」
レティシアの歪んだ笑顔に、使用人は思わず表情が引きつる。
それもそのはずで。レティシアが示した場所には誰も、何もいなかった。
「……れ、レティシア、様。た、大変申し上げにくいのですが……」
「何?」
「そ、そちらには……誰も――」
「……何?」
レティシアから威圧的な魔力が放たれ、使用人はびくりと全身を震え上げる。事実を申し上げれば、命の保証はないと感じた使用人は、そこから先の言葉は口にはせず、丁寧に頭を下げる。
「……失礼、いたしました。何かあれば、言ってください……ね」
勇者の本気に押しつぶされれば、どれだけの冒険者であろうともひとたまりもない。メイドは全身をびっしりと冷や汗を浮かべながら、その場から立ち去り、大きく息を吐いた。
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