第24話


「……だ、そうだけど。柚香、どうするんだ?」

「……修二は、部活に参加する予定はありますか?」


 柚香が眉間を寄せながら問いかけてくる。


「柚香のボディガードだし、柚香と同じ部活動ならやるかもしれんな」

「……そうですよね。というわけでして、佐伯さん。私は部活動に参加予定はありませんので、失礼いたしますね」


 柚香は極力関わりたくないようだ。まあ俺としても、佐伯のテンションについていくのは体力を消耗しそうだからな。

 手のかかるお嬢様は、柚香だけで十分だ。


「……何か?」

「な、なんでもないです」


 柚香は心を読むような能力でも持っているのだろうか?

 魔界の門にいた勇者たちでもそんな能力はもっていなかったのに……。


「お待ちになってくださいまし! い、今ならもれなくお菓子食べ放題ですわよ!」


 そんな子ども騙しの方法でうちのお嬢様がなびくと思っているのだろうか。

 しかし、柚香は「……お菓子」と小さく呟いた。


「……修二。す、少し見に行ってみましょうか」

「……家に帰れば、好きなだけ食べられるんじゃないか?」

「そ、そうではありません。……部室で、皆で集まってだらだらとお菓子を食べる。これって、普通の高校生活っぽくありませんか?」


 俺の耳元で小さくそう問いかけてくる。彼女の両目が、少し輝いている。

 ……ああ、なるほど。お菓子食べ放題に釣られたというよりも、そのイベント自体に興味を示したのか。

 確かにそんな光景を想像して少しそれっぽいかもとは思った。なんだか、そう言われると俺もやってみたくなってしまった。

 部活名はともかくとして、高校生として何かしらの部活動に参加するというのは……確かに普通の高校生活と呼べるだろう。


「それじゃあ……話だけでも聞きに行ってみるか?」

「そうですね。それでは、七瀬さん。お元気で」

「ま、待て! ……私も同行しよう」

「なぜですか?」

「それは……少し興味が出てきたからだ!」

「……ふーん」

「な、なんなんだ! お前だってさっきまで興味を持っていなかっただろう! お、お菓子に釣られたのだろう!?」

「ち、違います。私は、部室で……皆で遊ぶという行為に強い興味を持っただけです」

「ちょい待ち。遊びではありませんわよ! お嬢様の研究!」


 しかし、佐伯の言葉を二人は気にも留めない。


「ふーん? どうだろうな?」

「あなたこそ。……修二が来るからついてこようとしているだけではありませんか?」

「……ち、ちちちち違うぞ!」

「本当でしょうか? しきりに、私の修二を見ていますが」

「わ、私のというな! まだ修二は誰のモノでもないだろう!」


 二人が、喧嘩を始めていくと、佐伯がくしゃりと顔を歪める。


「だ、誰もわたくしの真お嬢様部に興味ありませんの!? ……ま、真島さんは違いますわよね!?」


 涙目でこっち見てくるんじゃない。

 俺ももちろん特には興味なかったのだが……そんな顔されると、さすがに否定しづらくなる。


「……いや、俺は……興味あるから。ちょっと……くらいは」

「ま、真島さんんんん!」


 うお!? 急にお嬢様が抱き着いてきた。

 三人の中で一番豊かな体つきをしていて、その胸がぎゅっと押し当てられる。


「ちょ、ちょっと! な、何をしているんですか!」

「修二! 媚びを売るのはよくない行為だぞ!」

「……榊、助けてくれ」

「……」


 榊はぷいっと視線を横に向ける。榊!

 二人が佐伯を俺から引きはがしたところで、「あうー」と声をあげた佐伯は、それから思い出したように手を打った。


「とにかく皆様、ついてきてくださいまし!」


 そんなことをしていると、すぐに佐伯が俺の背中を押すようにして歩き出す。


「……勝手に私のボディガードを連れて行かないでください」

「そ、そうだぞ」

「お二人とも早く! こちらですわよ!」


 そんなこんなで、俺たちは佐伯に連れられるままに、部室へと移動していく。

 到着した『真お嬢様部』と書かれた板が貼られた扉の前に立つ。


「さあ、どうぞ、入ってくださいまし!」


 佐伯がそう言って部室のドアを開けた瞬間、俺は一歩踏み出す前に言葉を失った。


 目の前に広がっていたのは、まるで誰かの家の一室のような空間だった。

 まず、少し段差の高い床があり、そこが畳張りになっている。入口にはちゃんとスリッパまで揃っている。


 部室の真ん中には、大きな低めのテーブルがドンと置かれていた。周りにはふかふかの座布団が並べられていて、その上に座るようになっている。

 さらに目を引いたのは、壁際にある棚だ。そこにはぎっしりと漫画やお菓子が詰め込まれていて、隣には、なんと冷蔵庫まで鎮座している。

 俺が昔暮らしていたワンルームのアパートよりも快適そうである。


「ここが、真のお嬢様になるための空間なのですわ」


 うん、意味分からん。


「で、その真お嬢様様になるために何をしてるんだ?」

「真のお嬢様を目指すための研鑽を積んでいますわ」


 ダメだ。さっぱり分からん。俺の聞き方が悪かったか?

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