第22話

 あのお嬢様はなんとなくやばそうである。

 そう思った俺の勘は合っていたようだ。


「……あの方はとてもとてーも、面倒ですので」

「……そうだな。見つかる前にずらかろう」

「……意見が、初めて一致しましたね」

「ふん……それは気に食わないが、逃げるぞ」

「ええ、一刻も早く……ですね」


 初めて、この二人の意見が一致したようだ。

 ライバル同士が共闘する熱い展開なのかもしれない。

 俺としては、そのまま二人が仲良くやってくれればいいので、ドリルお嬢様からこそこそと離れていく。


 しかし……向こうは目ざとくこちらに気づいたようだ。

 ティーカップをおいた彼女は、すっと席を立ちこちらへと近づいてくる。背後に控えていた黒服の男性も一緒にやってくる。かなりの強面の男子だ。……年齢は四十ほどはあるのではないだろうか?

 顔の傷の量も多く、まるでどこかの国で傭兵の経験でもあるのではないかとも思えた。


「……あれってもしかして、メイがなんかコスプレみたいな感じで制服着て学園に来ようとしていたみたいな感じでのボディガードか?」


 その時、俺のスマホが震えた。


『誰がコスプレですか?』

「……どこで聞いてんだ」

『お嬢様の制服とあなたの制服から音声を拾えるようにしていますから』


 そう言って電話は切れた。

 う、迂闊なことは言えん。


「私も、詳しくは知りませんね。ひとまず、彼女から逃げましょう」

「お久しぶりですわ、橘さん、七瀬さん」


 にこりと微笑みながら、スカートの裾を掴み、優雅に腰を折り曲げる。

 丁寧な所作ではあったのだが、彼女はスカートの裾を持ち上げすぎていて、下着が見えていた。ただの露出狂である。


「……下着見えてんぞ?」

「ぬお!? ……ですわ。……これは失礼しましたわ。こほん」


 こほんの咳払いでは誤魔化しきれないほどの失態だろう。でも、本人はすでに切り替えている。


「……見た目は、完璧なお嬢様だけど……もしかして、実はあんまり中身はお嬢様じゃない?」

「あっ、修二。その発言は――」


 慌てたように柚香が止めに来たのだが、もう遅い。


「わたくし、完璧なお嬢様に見えますの!?」

「……後半聞いてたか?」

「あなた、見る目ありますわね! 名前なんていいますの! ていうか、そもそもなぜ二人と一緒にいますですの!?」


 バシバシ、となんか体育会系みたいなテンションで背中を叩いてくる。

 やっぱりこいつ、お嬢様じゃないよ。

 とはいえ、問われたのだから答えるのは当然だ。


「……俺は柚香のボディーガードをしている、真島修二だ」

「なるほど。そういうことでしたのね。わたくしは、佐伯澪(さえきみお)ですわ。佐伯家ときけば、分かりますわね?」


 ふふん、とどこか誇らしげに胸を張る佐伯。しかし俺は、そういったことには疎いので首を傾げる。


「いや、悪いが知らん」

「なぬ!? ……ですわ。それはそれは、もっと精進せねばなりませぬですわね」

「さっきから、ちょいちょい言葉遣いが変な気がするけど、それはどうしたんだ?」

「変ですの? そんなことありませんのよ?」


 ほら、今もちょっとおかしくなってんだろ。

 そんな俺の疑問に、代わりに答えたのは柚香だ。


「……彼女は、お嬢様に憧れていて、真のお嬢様になるために言葉遣いから矯正中なんですよ」

「困ったらですわをつけとけばどうにかなるっちゅー話なんですわ!」


 ……ですわに対する負荷が大きすぎるだろ。

 ですわが労基に駆け込んだらどうすんだ。誤魔化しきれてねぇぞ。

 この二人が、佐伯を警戒していた理由はなんとなく分かった。俺も、この数回のやり取りで、あまりこの子と関わってはいけないと思った。

 やばいね。こっちの世界に来てから危険感知が常に反応している。日本ってもしかして危険地帯なのかもしれん。


「ま、まあ……そういうことなら、真のお嬢様目指して頑張ってくれよ」

「……あなた!」


 俺がそういったとき、「あっ」という声をあげた柚香と七瀬。

 俺の言葉に、何やら感動したかのように佐伯は両手で握ってきた。


「な、なんだよいきなり!」

「わたくしの真のお嬢様を目指すことを馬鹿にしないだなんて……あなたで三人目ですわよ! これはもう、あなたもわたくしの友達になっていただきますわね!」

「……他の二人ってもしかして――」

「もちろん、橘さんと七瀬さんのお二人ですわ」


 ……あっ、そういうこと。

 ……そしてこの二人の反応を見るに、恐らく俺と同じく相手に合わせる世間話程度のつもりで返したんだろう。


 嬉しそうに手を掴んでぶんぶんと振ってくる。

 これで柚香たちもターゲットにされてしまったと。

 そしてもれなく俺も。


「ほらほら! 話していたらどんどん席が埋まってしまっていますわよ。皆さま、わたくしが確保しておいたこちらに来てくださいまし」

「……行きましょう、か」

「……そう、だな」


 そんなダンジョンのラスボスに挑む前かのような覚悟が必要なのだろうか?

 結局、俺たちはその場から逃げることはできず、全員でともに席に座った。


「……えーと、あんたは座らないのか?」


 ずっと佐伯の後ろに立っているので、聞いてみた。


「……ボディガードなので」


 ……俺も本来はそうするべきなのかもしれないな。


「榊(さかき)はそういうところ気にしていますのよ。わたくしは別にどっちでもいいのですけれど」

「榊って名前なんだな?」

「……榊、剛(つよし)。よろしく」

「ああ。よろしく。俺はさっきも名乗ったけど真島修二だ。お互い、同じボディーガードとして友達になってくれたら助かる」

「……うん、分かった」


 渋く低い声ですっと頭を下げてきた。とても丁寧な人だ。

 初めて、普通の人にあったかもしれない……。

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