第21話
しばらく睨んできていた七瀬だったが、彼女も用事があるのか、休み時間になり、七瀬が教室を出ていった。
そこで、柚香がこちらに問いかけてきた。
「修二、七瀬さんとは幼馴染ってだけなんだよね? 他に変な関係はないんだよね?」
むすぅっと頬を膨らませる柚香。
「まったくないっての。ていうか、七瀬の家ってどんな感じなんだ?」
俺をボディーガードとして雇いたいと言っていたし、それなりに金持ちではあるんだろう。
でも俺は、本当に七瀬のことを何も知らない。
「七瀬コーポレーションって知ってる?」
「……いや、分からん」
「結構有名だよ。私の家と比べると、たぶん規模は私の家の方が大きいけどね」
そんなことを話していると、七瀬が戻ってきた。
俺と目が合うと、きっ! と睨んでくる。
なんかもうすっかり慣れたな。軽く手を振ると、七瀬は嬉しそうに手を振ったあと、思い出したような顔で、手を下げ、きっと睨んでくる。
うん、なんか抜けたやつだ。
そうして午前中の授業は終わり、昼休みになった。
俺が軽く伸びをしながら、柚香に問いかける。
「そういえば、昼はどうするんだ?」
「学園内のカフェテラスでとることがほとんどですね」
周りに声が聞こえそうなときは、どうやら敬語になるようだ。
教室での会話のほとんどが敬語になるのは、こちらを伺うように七瀬がずっと見ているからだ。
「カフェテラスねぇ。そういえば、俺金とか持ってないけど大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。私の学生証で支払いができますから」
「そうなんだな……上限額とか決まってるのか?」
「特にはありませんね。月末に精算されるそうですね」
……ほぉ。
そんなことを話していると、七瀬ががたっと席から立ち上がる。
「修二! 私と一緒にカフェテラスに行かないか!? 私が、奢ろう! い、今ならデザートも自由に頼んでいいぞ!」
「それは私もですよ。行きましょう、修二」
そう言って、柚香は見せつけるかのように俺と腕を組んでくる。そうすると、周囲のクラスメートたちからまた歓声のようなものが上がる。
「さ、三角関係ですね」
「……ドロドロですね」
「か、体とかバラバラになるんでしょうか……!」
おい最後の奴! どこに興奮してんだ!
完全に俺を使って皆が遊んでいやがる。
「むぅぅぅっ!」
七瀬が今にも泣きだしそうに声をあげる。
……なんだろうか。
リアンナとは違うのだが、嫉妬している様子などはリアンナに……似ている。
ああ、もう。俺は頭をかきながら、柚香を見る。
「……別にクラスメートなんだし、一緒に食べればいいんじゃないか?」
「浮気ですか修二」
今度はこっちが怒ってしまう。どうしろってんだよ!
周囲からもまた歓声のようなものが上がり、俺は小さく息を吐いた。
「俺だって友人の一人や二人作りたいんだ。皆で行かないか?」
「……むぅぅぅ」
今度は柚香がそんな唸り声をあげる。お嬢様たちの間ではその唸り方が流行ってんの?
「しゅ、修二……! 私もついていっていいのか!?」
「……柚香」
俺はすがるようにこちらを見てくる七瀬の言葉を受け、柚香を見る。
「……仕方ありませんね」
諦めた様子で柚香はそう言い、俺たちは教室を出ていく。
……おいこら、クラスメート共。
ちょっと離れてついてくるんじゃない。
完全に俺たちを観察するために、着いてきている様子だ。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、七瀬が声をあげる。
「……い、いつまで腕を組んでいるんだ。距離が近いぞ」
「それはもちろん、私の騎士様ですから」
「……別に、校内には危険などないだろう」
「ありますよ」
「何がだ」
「あなたがいつ攻撃してくるか……不安で不安で離れられないのです」
「な、何もするわけないだろう!」
いや、まあその。
わりと飛びかかってきそうな形相だからね、七瀬。
「そうは考えられません。それを証明していただけるまでは、離れられませんよ」
「……ど、どうやって証明すればいい?」
「そうですね。こちらの手錠をつけていただきましょうか」
そう言ってポケットから手錠を取り出す。
何で持ってんの?
「……な、なんだと?」
「どうぞ。つけてください」
「さ、さすがにそれは……しゅ、修二がつけてくれるなら、考えてやらんでもない」
「分かりましたよ。どうぞ、修二。お願いします」
なんで俺が公衆の面前で七瀬に手錠しないといけないの?
ボディーガードってこんなことまで仕事に入ってるの?
大変なんだな、ボディーガードって。
様々な疑問を感じながらも、俺はひとまず手錠を受け取り、七瀬につけようとする。
「……は、早くしてくれ……ッ!」
「なんで息荒げてるんだ?」
「だ、だって修二に……て、手錠をつけてもらえるなんて……そ、その……嬉しくて、な……」
こいつ変態だ!
柚香はむっと頬を膨らませ、俺の方に手を差し出してくる。
「やはり、却下です。修二、手錠はこちらに返してください」
「おう」
「な、なぜだ!」
「よく考えてみたら、手錠をつけて歩かせるのは問題だと思いましたので」
よく考えなくてもね!
残念そうな様子で七瀬がこちらを見てくる。
周囲からも落胆の声があがっている。なぜに落胆? おかしいのは俺だけなの?
そんな困惑に困惑を重ねながらカフェテリアに到着した俺たちが席を探していると、一か所。
一人の女生徒が優雅にティーカップを啜っているのを目撃した。
ドリルのように鋭い金色の髪が目立つ女性……俺の想像のお嬢様がまさに目の前に君臨していた。
ティーカップを口に運ぶ彼女の様子は、まさにお嬢様そのものであり――
「はぁーうめぇですわ。やっぱ、コーラはいいですわねぇ」
ぷはぁ、と美味しそうに、ティーカップに注がれているコーラをごくごくとあおっていった。
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