第11話 リアンナの追憶

 ――生きたかったのは、あなたとだったからなのに。


 リアンナは恨み節のような言葉とともに、目を覚ました。

 故郷であるドラゴアール王国へと戻ってきたリアンナもまた、その帰還を多くの人たちに喜ばれた。

 だが、喜ばれたのは数日程度のことだった。


 場所は、訓練場。

 大剣を振りぬいたリアンナは、周囲へと視線を向ける。城にいた腕自慢の兵士たちを相手に、リアンナは問いかける。


「……次、誰か相手はいないの?」

「……む、無理ですよ、リアンナ様」


 リアンナは……恐れられていた。勇者としてドラゴアール王国を旅立ったその時のように、いやその時以上にリアンナは恐れられていた。 

 もともと持っていたドラゴニュートとしても突出した力、さらに勇者の旅で得た経験を活かした戦闘能力の高さは、すでにこの城の兵士たちでは足元にも及ばなかった。


 それでも、リアンナは唇をぎゅっと結んで問いかける。


「誰でも、いい。……戦いたい」

「……無茶を、言わないでくださいリアンナ様。この国に……あなたに匹敵するような人は、いません。それこそ、勇者様方以外では無理ですよ……」

「……」


 それも、リアンナは分かっていた。昔は相手になる人がいなくていじけてしまっていたが、今ならば自分が無茶な要求をしているのだと理解できる程度には、成長していた。


「……それでも、誰でもいい。次の相手がほしい」


 それでも、リアンナは体を動かしていたかった。王国に戻ってきてから、リアンナは毎日暇を見つけては体を動かし続けていた。

 そうでもしていないと、嫌なことばかりを考えてしまうからだった。



 無理やり兵士たちを訓練に付き合わせたリアンナは、国王である父から呼び出しを受けていた。

 ここ最近のリアンナの無理やりな訓練。それについての僅かな注意とともに、ある提案がされた。


「……リアンナ。導き手が死んで悲しいことは分かる。だが、前に進まなければいけないんだ」

「……それは分かっている」


 リアンナだって、いつまでも落ち込んでいてはいけないと考えていた。修二からの手紙にだって、そのような内容の言葉が書かれていたから。

 リアンナが頷いたのを見て、国王はゆっくりと口を開いた。


「……縁談の話が来ているんだ。一度、顔だけでも合わせてみないか?」

「……」

「……世の中にはたくさんの男性がいる。きっと、もっと魅力的な人が――」

「……」


 リアンナはじっと国王を睨むと、国王は、びくりと肩をあげる。

 リアンナの心の中には、修二のことが深く残っていたからだ。

 けれど、そのままではいけない、と考えた。

 前に進まないと、前に、前に――。


「……分かった」

「そ、そうか? それなら、明日にでも来る予定なんだ! 相手は隣国の――」


 それから、国王が嬉しそうに相手のプロフィールについて話していたがリアンナはいまいちそれを良く覚えていなかった。

 特に、興味もなかったからだ。



 次の日。普段ほとんど来たことのなかったドレスに身を包み、リアンナは男性と顔を合わせていた。


「初めまして、リアンナ様。私はブルーケルト侯爵家のアレスド・ブルーケルトと申します」


 微笑とともに微笑んだアレスドは、容姿の整った男性だった。家柄、人格、容姿、世の中の多くの人が求めるであろう要素を兼ね備えた完璧な男性であったが、リアンナはいつもの変化の乏しい表情で彼の自己紹介を聞いていた。

 そんな彼を、リアンナはじっと見てから、手を差し出した。


「あなたは、私と結婚をするためにここに来た、と」

「……え? は、はいもちろんですよ」

「それなら、私と手を繋いでほしい」

「……え?」


 リアンナがすっと手を差し出した瞬間、アレスドはびくりと肩を跳ね上げた。

 リアンナの力強さの噂は、様々な国に飛び交っている。

 拳で地面を割ったとか、歩いただけで街が崩壊したとか、それこそ、瞬きだけで家を破壊したといったものが面白おかしく伝わっていた。


 リアンナはアレスドの話を聞きながら、彼の目をずっと見ていた。彼は、常にリアンナに怯えた様子でいて、一切リアンナのことを見ていなかった。

 だからこそリアンナはそう提案をしたのだが、アレスドは首を横に振った。


「も、申し訳ございません……そ、その……無理です」

「そう。なら、この話は終わり。私は……帰る」

「り、リアンナ様!」


 リアンナはすぐにそう言って打ち切り、部屋を去っていった。配下の者たちにリアンナは呼ばれたが、リアンナは視線を向ける。

 一度、瞬きをした瞬間、大きな風が生まれ、使用人を突き飛ばした。

 威圧的にそちらを睨んだリアンナをそれ以上追う者はいなくなり、リアンナは自室へと向かう。


「……私の事、何も気にせずに手を繋いでくれたのは、シュウジだけだった」


 修二が召喚されたその日をリアンナは思い出していた。


『……良く分かんないけど、勇者の導き手だ。よろしく』


 そう言ってどこか不機嫌そうに手を差し出してきた修二。

 当時のリアンナは、まだ力の制御がうまくできず、誰も近寄ろうとはしなかった。だというのに、修二は何も気にせず手を差し出してくれた。

 これが、導き手なんだと、リアンナは嬉しく思いながら手を差し出した。

 そして、


『あれ? 今なんか、凄い音しなかった?』

『……手』

『俺の手首、変な方向いちゃってない!? なんでこれでちょっと痛いかも? くらいですんでんだ!? 勇者の導き手こわ!』

『……繋いでくれた』

『うお、これマジでバキバキじゃねぇか! これ治療できんのか!?』

『……こんなの、初めて』

『聞いてます? おーい! なんでそんな感動したような顔してんだ!?』

『……嬉しい』

『うお!? 抱き着いてくんな! 背骨! 全部折れてるから!』


 それが、リアンナと修二との初めての出会いだった。

 それからも修二はリアンナと普通に接してくれた。

 手を繋ぎ、時々抱き着いても、修二が本気で嫌がることはなかった。 


「……シュウジみたいに、私に怯えずに接してくれる人はいない。……もう、いない。ううん、いても……シュウジが、心の中から……消えることは、ない」


 今こうしている間にも、時間は過ぎていく。

 ――もしも、一緒に生きて戻ることができたら。

 ――修二を父に結婚相手だと紹介し。でももしかしたらレティシアやフェリスが怒ってきて。

 そんな風に、彼を取り合う未来もあったのかもしれない。


 もう、消して訪れることのない未来を想像して、リアンナは涙を浮かべた。

 何度も修二の顔が思い浮かんでは消えていく。旅を始めたばかりのころのこと、明確に思い出せなかった細かなやり取りを自覚し、涙の量が増していく。

 時間が経つにつれて、その思い出も色あせ、忘れていくのだろうか――。


「……忘れたく、ない」


 そう思い、リアンナはすぐに父に話をした。

 婚姻の申し込みや見合いの話など、色々と出ていたが、リアンナはそれらすべてを拒絶し、さっさと城を飛び出した。


「勝手なことしたのは、シュウジが先だから。……私は――前に進まない。……過去で、思い出の中で、ずっとずっと……その中で生き続けるから」


 リアンナは修二に文句をぶつけ、旅を始めた。


「――この体に、シュウジとの旅の思い出を、全部全部刻み込む。あなたとの会話、あなたと行った場所、あなたが触れてくれた場所……全部全部。もう一度旅をして、この体の全部に……あなたを刻みなおす。そうすれば、いつまでも一緒……だよね?」


 リアンナはぎゅっと自分の体を抱きしめ、体を震わせた。


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