第10話
異世界で長く生きてきた経験から、変な奴に絡んでもロクなことにならないというのは分かっている。
とにかく、タイミングを見計らって逃げよう。
「騎士様とかはひとまず置いておくとして……とにかく、今はこの状況を何とかしないか? ……警察とかに、連絡しないとだろ?」
面倒だったけど、こうなったら国家権力に頼った方がいいだろう。
なんなら、現在進行形で不審者に絡まれているのでこちらも取り締まっていただきたいところだ。
「そうだね。あっ、でも、そっちは私が何とかできるからちょっと待ってね……えーと、スマホスマホ。あれ? ない? ごめん、修二。スマホ貸してくれないかな? 私の家の人に連絡したいんだけど……」
「ん? ああ、いいけど」
俺はそう言って、橘にスマホを渡した。彼女はすぐに、俺のスマホを操作しそれから耳に当ててにこりと微笑む。
「うん。キミの連絡先覚えたからね」
こわっ! 別れたら番号変えよう……。
それから少しして、彼女は誰かと話し始めた。
「うん。そういうわけで、今はここにいるから……うん、ごめんごめん。うん、私は大丈夫だよ。騎士様に助けてもらったからね」
騎士様じゃないからね? 勝手に話進めないでね?
ジトリと睨んでみたが、彼女は見つめられていると勘違いしているのか照れたように手を振ってくる。能天気なやつめ。
少しして、橘はスマホをこちらに返してくれた。良かった、俺のスマホちゃんは無事そうだ。
「すぐに迎えが来るって。この人たちの処理も、してくれるって」
「迎え?」
俺がそう問いかけた瞬間。近くに一台のリムジンがやってきた。
な、なんだ!?
中からゾロゾロと黒服の男たちが出てくると、誘拐犯たちの方へと向かい何やら……対応を開始する。
……もしかして、これが橘の言っていた迎え、なのか?
一団の中からメイド服の女性が橘の前に立つと、厳しい視線を向けた。
「お嬢様? いつも言っているでしょう!? 出かける時はスマホをお持ちください!」
迎えの、ようだ。
どうにも普通ではない立場の橘に、俺は頬が引き攣るのを感じた。
「ごめんごめん。手が滑っちゃって」
どこでどう滑ったら持ち歩くのを忘れることに繋がるのだろうか。
それはもう意図的においてきたに等しいと思うんだけど。
「……一人での散歩が好きなのは分かっていますが、あなたは橘財閥の大事な一人娘なんですよ? あなたにもしものことがあったら、お父様やお兄様がどれほど悲しむことになるか……。もちろん、私もですよ。お嬢様の匂いの染みついた衣服に触れらないとなったら――!」
あっ、この人もやばい人っぽい。
「ごめんごめん。でもね、騎士様が助けてくれたんだよ? ほら、朝の占い通りだったよ。素敵な出会いがあるでしょうって、一位だっただけあるね」
彼女が腕にぎゅっと抱きついてくる。
……柔らかな感触が腕に感じられるが、こういう接触の経験は散々あるので特に驚くことはない。
こんな頭のネジの外れたような子が相手でも……当てられて悪い気がしないというのが、男の残念なところなのかもしれない。
「誘拐されそうになったのに、一位なのか?」
「それ以上に素敵な出会いがあったからね」
嬉しそうに微笑む橘。
じろり、とメイドの冷たい視線がこちらへと突き刺さる。
「……あなたは何者ですか?」
「通りすがりの一般人です。解放してください!」
助けを求めるように叫ぶが、
「ダメでーす」
返事をしたのは橘である。
「一般人……あなたが誘拐犯から柚香様をお守りしたのですよね? そして、この惨状を作り出した、と。……一般人ではありませんよね」
「まぁ、探せばそういう一般人もいるもんじゃないかね?」
「探してようやく見つかるようなものは一般人ではありませんよ。ひとまず、事情を聞いたり、お礼の話もしたりしたいので……ひとまずは同行していただけますか?」
ここでついていったら、逃げるタイミングが完全になくなる。
俺はすぐに首を横に振る。
「いやや、お礼なんて別にいらないから。うん。そんじゃ、さよなら」
「いいね。 そういう金銭を要求しない態度! ますますキミを私の騎士様にしたくなっちゃったな!」
「いや、もうめちゃくちゃお金欲しいかもぉ! 大金ください!」
「それなら、たくさん報酬あげるね。私の騎士様に決定!」
「どうしようもないじゃんか! 助けてくれ、メイドさん!」
「……相性は良さそうですね」
「どこがだ!?」
異世界の奴らもそうだったけど、俺の周りには強引な奴が多いんだよ!
メイドは小さく息を吐いてから、わずかに口元を緩めて俺に向き直った。
「……ひとまず、色々とお話を伺いたいので屋敷まで同行してください。……そうして頂かないと、柚香様も納得しないと思いますので」
「屋敷って……貴族じゃあるまいし」
「……貴族、みたいなものなんですよ。柚香様の家は」
……まあ、これだけの黒服や車を用意しているのだから、そうなんだろうな。
ここで、逃げたとしてもここにいる全員の頭の中をこねこねして記憶を消さないと、たぶん橘は諦めてくれないだろう。
とりあえず……話だけでも聞いてみるとするか。
俺は運ばれていく誘拐犯たちへ視線を向けると、メイドさんはにこりと微笑んだ。
「あちらの後処理は、我々でやっておきますから、気にしないでください」
……深く追及しない方がいいだろうな。
俺の危険感知がそう言ってるもん。
俺は、もしかしてやべぇ奴らに目をつけられてしまったのではないだろうか?
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