第12話

 


 リムジンに乗り込んでから少しして、高級住宅街を車が走っていく。

 まさか、こんなところに来ることになるなんてな。

 周りに並ぶのはデカい家ばかりで、少なくとも以前までの俺ならば縁のないところだ。


 やがて車は大きな門の前で止まった。

 ……近隣の家々よりもさらに巨大な家。

 さらにデカい屋敷だった。


 どう見てもこの辺りじゃ一番大きな家だ。

 門が開くと、車が中へと入っていく。……なんつー庭だ。ここでスポーツの大会を同時に複数開催しても問題なさそうなくらいの規模がある。


「……ここ、お前の家なんだよな?」

「そうだよ。正確には、お父さんの、だね。いくつかあるうちの一つなんだよ」

「……」


 まだあと何個かあるのかよ。世の中には、俺の想像もできないような金持ちもいるんだな……。


 屋敷の中に入ると、すぐに俺は応接室とやらに案内された。

 自宅に応接室があるなんて、その時点で俺からしたら目ん玉飛び出るほどのものだ。

 異世界での経験がなければ、恐らく驚いていただろう。……まあ、異世界の経験がなければ、そもそもここに来るようなこともなかっただろう。


 俺たちと共に同行していたメイドのメイさんが応接室に待っていたメイドから何かの資料を受け取り、中を確認していた。


「それでは、真島さん。こちらのソファにおかけください。飲み物も用意させますが、何か飲みたいものはありますか?」


 酒。とはさすがに言えない。


「コーヒーで……お願いします」

「かしこまりました」


 俺たちの会話を聞いていたメイドがすぐにコーヒーを持ってきて、俺の前に差し出す。

 俺は、なぜか橘と並ぶようにしてソファに座り、向かい側にメイが腰掛けた。

 立場的にキミはあっちでは? と橘をみる。

 橘からは、ウインクを返された。何も俺の気持ちが伝わってない。


「では、早速ですが……先ほどの事件含め、色々とお話しを聞かせてもらってもいいですか?」

「……ああ、別にいいですけど」

「それについては、私が詳しい流れを話すよ!」


 とんと橘が豊かな胸を揺らすように胸を叩き、口を開いた。


「私が誘拐されそうになってね。もうダメだって思った時……修二は現れたんだ。『俺はキミを守る騎士だ』ってね」

「間違いありませんか?」

「捏造だらけです」

「柚香様、続けてください」

「続けさせるの!?」


 なら俺に聞いてくんじゃないよ!

 それからも、橘は劇でも演じるかのように、過剰にもった救出劇について話をしていった。

 まあ、メイも話半分といった様子で聞いているな。


「まあ、まとめますと武器を持った誘拐犯三人を相手に物怖じせず挑んで柚香様を救った……と」

「まあ、そうなりますね」

「……やはり、一般人ではありませんね」


 話を聞いていたメイは、どこか俺に疑いの目を向けている。

 ……まあ、そうだろうな。あの場を目撃していない彼女からしたら、俺がどうやって三人を倒したのか疑問のはずだ。

 それこそ、下手をすればメイはこう考えているかもしれない。

 俺が、橘に近づくためにあの事件を起こした、と。


「真島修二さん。あなたがお嬢様の騎士としてふさわしいかどうか判断するため、あなたのことは少し調べさせていただきました。その資料がこちらになります」

「いや、ふさわしくないんでその資料捨てていいですよ……ていうかいつの間に調べたんですか」

「橘家の力を持ってすれば、この程度朝飯前です」


 こわっ! 橘家こわっ!


「……確認したところ、学卒業後に高校進学を試みるも、家の借金が発覚し、進学を断念。その後コンビニのアルバイトとして一ヶ月ほど働いていた……そんな感じですね」

「まあ、そんな感じ……です」


 実は異世界に召喚された、という経歴まではさすがに調べられていなかったようだな。

 そこまで調べられていたら、マジで橘家怖いからね。

 橘も気になるのか、メイから資料を受け取って目を通している。


「……あなたの過去についてもさらに調べましたが、特に格闘技などの経験はありませんよね?」

「まあ……」

「では、どうして……柚香様を助けようと、助けられると思ったんですか?」


 ……やはり、そこを疑っているようだな。

 俺とあの誘拐犯どもの潔白を証明しないと、今度は俺の生活が大変なことになる。


「俺は昔から、一度見たものを覚えられるんですよ。……体はそれなりに鍛えてたから、一度見たことのある格闘技とかでなんとかなったんです」


 これは、嘘ではない。

 俺が『勇者の導き手』として持つ力の根底は、これだ。

 勇者たちに、指導するためにな。


「……一度見たものを覚えられる、ですか?」

「ああ。何か試してみますか?」

「……少し、攻撃してもいいでしょうか?」

「ああ」


 そう言った次の瞬間、彼女が俺の方へ一瞬で迫ってくる。そして、すかさず足払いをかけてくる。……今は、彼女が技をかけようとしているので、俺はとにかく体の力を抜き、されるがまま、地面に倒された。

 痛みはほとんどない。メイが、加減してくれたのだろう。


「……失礼しました。今の技を、私にやってみてください」

「分かりました」


 俺は言われた通り、メイと全く同じで彼女を地面に押し倒した。

 彼女の体から手を離すと、メイは驚いたようにこちらを見てきた。


「……嘘、ではないのですね」

「まあ、一度見ただけだけだと再現率はそこまで高くないですけどね」

「……ほぼ、できていましたが」

「行動に移す前に、脳内で何度かシミュレーションしたので。それでまあ、100%に近い形にしましたけど」

「……素晴らしいですね、その才能は」


 メイは、驚いたようにこちらを見てくる、

 ……再現する、といっても俺とメイでは体型も性別も何かもが違うわけで、俺に合わせたものに変換する必要がある。

 そういうわけで、実際完全に同じ、わけではないんだけどメイは納得してくれたようだ。

 資料を見ていた橘が、元気よく手を上げた。


「はい、質問!」

「……なんだ?」

「おもらしは小学校五年生の時がラストなの?」

「なんで知ってんだ!」

「調べさせました」

「もっと調べるところあんだろうが!」


 先ほどまでのどこか緊張していた空気が、一瞬でぶっ壊された。

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