第13話

 少し、小休憩を挟んだところでメイがすっと頭を下げてきた。


「先ほどは試すような真似をして申し訳ございませんでした」

「……いや、別にいいけど、どうしてですか?」


 俺は先ほどのメイの行動について、問いかける。……ある程度予想はしていたのだが、それを確認するための質問だ。


「正直な話をしますと、あなたが誘拐犯たちを雇ったのではないかと疑っていました。お嬢様に近づくために利用したのではないか、と」

「……なるほど」


 まあ、そう疑われても仕方ないかもしれない。


「ですが、あなたの経歴を見たかぎりでは、そういった可能性は少ないように思えます。失礼いたしました」

「いや、別に……そもそも、騎士はやりませんし」


 メイの疑いは完全には晴れていないようだが、それはもう彼女の立場を考えれば仕方ないだろう。

 一人、能天気な様子の橘は、履歴書のように用意された俺の経歴の一番最後に、柚香の騎士、と書き足していた。


「うん、完璧」

「勝手に人の経歴に割り込んでくるな」

「勝手じゃないよ。ね、私の騎士様」

「……そもそも、騎士様ってなんなんだ?」


 俺が首をかしげると、メイが淡々と説明を始めた。


「正確には、お嬢様のボディーガードですね。柚香様の身辺警護を行っていただきますね」

「そういうことだよ。意欲的に質問するなんて……やる気満々だね?」

「いっぱい黒服たちがいますよね? そいつらじゃダメなんですか?」


 俺の問いかけに、メイは首を横に振った。


「柚香様は今年から高等部に進学をしたのですが……ここ最近は特に危険なことも多いです。柚香様も、行動範囲が増えていますしね。そこで、できれば年齢の近い方でボディーガードを雇おうという話が浮上したんです」

「……なるほどな」

「初めは私がお嬢様の学園に編入して、ともに活動しようかとも思いましたが」

「……え? メイが?」


 明らか年齢は二十代に見える。かなり綺麗な人ではあるが、さすがに学生服はコスプレ感がでてきそうだ。


「なんですかその目は」

「いや、そのまあ、年齢もあるから難しいってことになったんですよね?」

「は? まだまだ全然ぴちぴちですが? 全然学生服もいけますけど?」

「さすがに、メイに着させて登下校を一緒にしてたら、そっちで職質されたことがあったから、この案はなくなったんだよね」

「お嬢様! 余計なことを言わないでください!」


 やっぱり却下されてんじゃん。国家権力に否定されちゃってるじゃん。

 悔しそうに睨みつけてくるメイ。いやいや、睨むべきは俺ではないだろう。


「……とにかく、そういうわけで騎士様探しが始まったんです」

「でも、もう終わったんだよ。騎士様、決定!」

「勝手に打ち切るな」

「よろしくね?」

「ねぇ、このお嬢様会話できないんだけど!」


 俺は拒否をしているのに、橘が強引すぎる。


「柚香様は少々強引なところがありますね」

「少しじゃないだろ! かなりだ!」

「そこがまた可愛いところですね」

「可愛くねぇよ!」

「は? 可愛いですよね? 寝言は寝ていえ?」

「こわっ! このメイドも話通じない!」


 もう、異世界の連中並みにクセが強い。

 どうなってるんだ、この屋敷は!

 一度呼吸を整えていると、橘が首を傾げてきた。


「それじゃあ修二に質問です。騎士様は……なんで嫌なの? 要求は可能な限り飲むよ?」

「へぇ、なら給料は……毎月100万でどうだ!」


 俺のタイムリープ前の最高年収は300万だった。毎月100万なんて凄すぎる金額だ!


「いいよ!」

「……うえ!?」


 俺が確認するようにメイを見るが、彼女はむしろ呆れた様子でこちらを見てきた。


「100万程度で守っていただけるのであれば、安すぎますが」

「……じゃあ、いくらが高いんだよ?」

「柚香様の命を守れるのであれば、億単位だろうとお父様は用意すると思いますよ?」


 お、億……。

 異世界でも大金を扱うことはあったのだが、異世界での金とこちらの金での感覚はなんか違う。

 長年、貧乏生活をしていたせいで……日本円で大金を見たらそれだけで気絶するかもしれない。

 ……とりあえず、金銭面での無茶な要求で断るのは難しそうだ。


「給料については要相談として……今ならもれなく私もついてくるよ?」

「だろうな。護衛対象だもんな」

「夜も一緒に添い寝しちゃうかも?」

「それは……いいかも」

「したら、お父様から殺し屋が送られるかもしれません」

「添い寝却下で!」


 俺が即座に否定をすると、橘はそれからもう一度首を傾げてきた。


「……そんなに、嫌かな? 私、大人しいし、手はかからないと思うよ?」

「今日お前が誘拐されそうになった理由覚えてるか?」

「さ・ん・ぽっ♪」

「ほらみろ! 大人しくない!」

「キミが私の騎士様になってくれるなら、必ずキミに声をかけてから出かけるようにするよ? ……それでもダメ?」


 ……本当に、彼女は俺にお願いしたいようだ。

 まあ、見る目はあるよな。

 俺が異世界の力で本気出せば、恐らくこの世界で俺の敵はいない。

 だけど、俺は――。


「――俺は普通の生活が送りたいんだよ。普通の高校に通って、普通の青春を謳歌したいんだ」


 ……今度こそは、そんな普通の生活を送ってみたい。

 そんな目標をついさっきたてたばかりだった。

 そんな普通の生活は……悪いが橘とでは送れないだろう。


「普通の生活、かぁ……」


 そう言ったところで、柚香は俺からそっと離れた。

 少し寂しそうな表情を浮かべながら。


「……そうだよね。うん、やっぱり、今回の話は無しかな」

「え? 良いのですか、柚香様?  彼の仕事先や進学先に圧力をかけて、間接的にこの仕事以外ができないよう追い込むことも可能ですよ?」

「おいこら何やろうとしてんですか」

「それは私も考えたけど……」

「考えるんじゃない」


 俺がそう言った次の瞬間、


「でも……私も普通の生活に憧れてるから。……それを求める修二のこと、邪魔したくないかな」


 彼女は、にこりと微笑んできた。

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