第3話

 魔界の門にいた最後の魔族を仕留めたところまでは覚えていた。

 そこで、肉体の限界を迎えた俺は、死を受け入れたつもりだった。

 だが、次に俺が見たものは――見慣れたビル群とアスファルトの地面。

 街中を行き交う人々、近代的なものを象徴するかのような車や信号機たち。


「……なんだ、これ? どうなってんだ?」


 俺は困惑しながら、周囲を見ていた。

 夢でも見てんのか? ここはどう見たって……日本だ。

 ……もう俺は、死にかけていたと思う。


 でも、全ての魔族を倒したとき……そういえば、不思議な力が俺の体に流れ込んできた。

 ……魔界の門の中で、共に戦っていた勇者たちの力。


 あれが、俺の体をどこかに導いてくれたんだと思う。

 もしかしたら、そのおかげで俺はこうして生き延びることができたのかもしれない。

 ……名前も知らない勇者たち。


 ありがとな。……皆のおかげで、俺は何とかなったよ。

 こうして命を助けてもらったことと、元の世界に戻してもらったことに感謝しつつも……俺は頭をかいた。

 日本にいたときの俺って……別にそんなに優れた人間じゃなかった。

 戻ってきたところで、特にやりたいことがあるわけでもないんだよなぁ。


「……どう、すっかな、これから」


 困惑しながら俺が周囲を見ていると、俺のポケットが震えた。

 取り出してみると……スマホがあった。

 握って少し違和感を覚える。……俺が異世界召喚される前に持っていたスマホよりも古いタイプだ。


 何が、どうなってんだ? 取り出したスマホには着信が入っている。

 見れば、その相手の名前は……小森店長と書かれている。

 こ、こいつって……俺が中学卒業してとりあえず働かなきゃってことで最初に勤めたコンビニの店長……だよな?


 な、なんで今更こいつから電話来てんだ? 俺連絡先消してたよな?

 小森店長に……いい思い出ないんだよな。


 社会に出たばかりで、右も左も知らなかった無知で馬鹿な俺は、小森店長の言うがままだ何でもやらされていた。

 サビ残はあたりまえ、季節商品などが売れ残ったときには俺の給料から天引きなどなど……。


 社会ってそんなものなかと納得していた当時の無知な俺を殴りたいものだ。

 無視しようかとも思ったけど……まあ、知り合いと呼べる人もそういない。

 懐かしい気持ちもあったからか……俺はスマホを耳に当てた。


「もしもし」

『てめぇ、オレが電話してんのにいつまで待たせてんだ? ああ!?』


 ……元暴走族の総長だか、なんだかをやっていたというのが小森店長の口癖だった。

 その威圧的な風貌もあって、俺はいつもへこへこと頭を下げていたものだが、こちとら四十年日本で生きたのだから、そんな恫喝のような態度が許されないことであることは分かっている。


「……いきなりなんだ? 二十年ぶりの電話でその言い方はないんじゃないか?」


 相手は先輩ではあるのだが、ついつい口が悪くなってしまった。

 ……異世界だと敬語使ってると舐めてくるやつが多かったものだから、基本的に敬語は使わなかった。

 案の定、俺の態度に電話先から苛立った様子が伝わってくる。


『ああ!? てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ! 何が二十年ぶりだ! 先月からバイト始めたばっかだろうが! 今日オレは女と遊ぶから深夜のバイト埋めろ! いますぐこい!』

「……え? いや俺バイトなんてとっくに辞めてるし」


 なんだなんだ? 何言ってんだこいつ?

 意味の分からんことを言っていた小森店長に、俺は首をかしげて……ふとスマホに映った自分の顔を見て、驚く。


「なんじゃこりゃあ!?」

『てめぇ!? いきなりデケェ声出すんじゃねぇ!』


 そりゃあお前もだ!

 いや、今こいつのことはどうでもいい。スマホの黒い画面に映っていた自分の顔は……異様に、若かった。

 ……そう、まるで……俺が中学卒業した当時……俺が16歳になったときくらい、若返っていた。


 なにが、どうなってる? 小森店長が何やら喚いている中、俺はそれを無視して……スマホのカレンダーを確認する。

 2025年、か。

 ……戻ってる。俺が16歳だったときに、なぜかタイムスリップしている。


「いったい、何がどうなって……」

『てめぇ! さっきから無視してんじゃねぇぞ! さっさと来い! こねぇなら、てめぇの給料はねぇからな!』


 ブチギレて電話を切ってきた小森店長は、ひとます置いておくとして、俺は今手元にあるもので自分の状況を確認していった。


 財布やスマホ、持っているものから今の自分の状況を確認していく。

 ……間違いない。今の俺は16歳の時の俺だ。

 身につけている服は安いシャツとズボン。持っている荷物も最小限で、財布の中も非常に寂しい。

 ……高校に進学できず、中卒でひとまずコンビニバイトを始めたときの俺で、間違いない。


 あの戦いで俺は死んで……例えばここは夢の世界とか?

 それとも、本当にタイムスリップしたとでもいうのだろうか?

 

「ああ、もう何が何やら……どうなってんだか」


 頭をかきながら、小さく息を吐く。

 ……ここから俺は、また地獄の日本での生活を送っていけってか?

 ……そりゃあ、一応タイムスリップ前の記憶があるわけで、多少は前よりも立ち回りもうまくなっているかもしれないけど……でもなぁ。


 とりあえず、バイトには行かないとな。

 日本で生きていく以上は金が必要になる。

 今後、何をするにしてもまずは軍資金が必要だ。……あのコンビニのバイトは、給料が入り次第やめてやろう。


 ここからコンビニまで、結構距離あるよな。

 ……異世界で手に入れた転移の魔法が使えれば、ラクなんだけどなぁ。

 そんな冗談みたいなことを考えた瞬間だった。


 俺の眼前に、転移の穴が開いた。


 んんんん!?


 思わず、その穴へと視線を向ける。

 ……こ、これ転移魔法だよな? 一度訪れたことのある場所に移動できるという便利な魔法だ。


 な、なんで俺魔法も持ったままなんだよ……。

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