第50話

「またな、光」



そう言って「風邪引くぞ、さっさと入れよ」と手でシッシッと払うと窓が閉まり。



一台の黒塗りの高級車はその場から動き出した。



てか、呼び捨てかよ…。




車が去った方向を見つめた後、わたしの中で息吹藍の印象がガラリと変わっていた。




信じられない程の不良の息吹藍が、悪い男に見えなかったから。




わたしの足を見て、一番最初に声をかけてくれたのは息吹藍で…。



どうでも良く、ただマンションが同じだけという理由で他人のわたしをも車で送るなどどう考えても嫌な奴がする行動ではない。



確かに見た目はとんでもない程の不良なのかもしれないけれど、だからと言って話しづらいといった感じも無かった。




「お帰りなさいませ」と挨拶するコンシェルジュに軽く会釈をし、エレベーターのボタンを押しながら、わたしと全く違う存在だと思っていた男は、果たして本当にそうなのかと疑う。



人は見た目に寄らないって聞くけど、それって正にこういうことなんじゃないの?



ただ悪いイメージを勝手に押し付けていただけなんじゃないかと。




どれだけガラは悪くても、中身までがそうだとは限らないわけで…。




そう考えて、19階に上がり部屋の扉を開ける頃には、すっかり息吹藍の以前のイメージなど消え去っていた。

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