第14話
「この曲は、何かやりたいのある?」
「うぅん、なんでも。あ、ティンパニーがありますね。これやりたいです」
「私はグロッケンが面白そうだなって」
「ドラム誰やるー?」
三年生四人、二年生二人、一年生三人。これが私達パーカッションのパート決め。ちなみに、同級生の
ティンパニーを選んだのは私だ。楽曲は演歌メドレー。原曲を知ってる曲は半分くらいだが、演歌や歌謡曲はティンパニーが美味しいと相場が決まっている。私の勝手なイメージだけど。あとこういう曲のドラムは苦手だ。テンポが変わるし、曲と曲の繋ぎによくドラムが使用されるから。私はティンパニーをやりたいし、ドラムをやりたくない。そこで一つ提案してみた。
「裕子ちゃん、ドラムやってみたら?」
「はい!? 無理ですよ!」
「えー、でも」
「私、高校から始めてるんですよ!? しかもメドレーなんて!」
「でももう何ヶ月も経ってるし。難しいリズムパターンは無さそうだよ?」
一年生に振ってみたらどうかと思った。だから一番やりたがっていたはずの裕子ちゃんに声をかけた。他の子はもっと卒なくこなすだろうけど、そもそもドラムがそんなに好きじゃなさそうだ。嫌いじゃないって子はいるだろうけど。でも、裕子ちゃんみたいに、強い憧れを抱いたり、私達が居ない間にこっそりドラムに触ったりはしていない。そう、知ってるんだよ、私。裕子ちゃん、ドラムに憧れてパーカッション入ったクチでしょ。
他にもっと上手くてやりたい子がいるなら、その子に話し掛けないと不自然だったろうけど、一年生は私の提案に好意的だ。三年生の先輩方も静かに見守ってくれている。
「いいじゃん! 裕子、頑張って!」
「え、でも」
「大丈夫だよ! うちが教えようか!?」
「え、えぇー……?」
彼女は、元々やりたくないワケじゃない。やれる自信と、はいと言う勇気が無いだけ。だったら背中を押してあげるまでだ。
「頑張ってみてもいいんじゃないかな。三年生に教えてもらう最後の機会だよ?」
「あっ……」
私の言葉で思い出したらしい。そう、三年生は、定期演奏会で引退する。夏頃には引退している運動部と比べると随分遅いけど、それが吹奏楽部の慣しだ。そして十分遅いというのに、私達はまだ先輩達にいなくなって欲しくないと思ってる。
「おー? あたしが教えてやろうか、裕子」
「えっ、いいんですか……?」
最後の一押しは私じゃなくて森田先輩だった。うん、森田先輩ならしかたない。美人だし。上手いし。森田先輩の隣ではパートリーダーがうんうんと頷いている。私は結構目の仇にされてるけど、基本的には面倒見のいい人だから、裕子ちゃんのサポートもしてくれると思う。
担当楽器が決まって、みんながそれぞれの持ち場につく。私はティンパニーだ。朱肉みたいな色合いのカバーを外すと壁に立てかける。私のすぐ後ろではドラムセットを準備しようとしている裕子ちゃんがいた。期待と不安が入り混じっているけど、任せてもらえたことが嬉しい。そんな顔をしている。きっと、コンクール曲のパート決めの時、スネアに選ばれた私も、同じ顔をしてたと思う。
私は楽譜を見ながら、使用する音にティンパニーをチューニングする。中学の頃は手巻き式だったけど、高校のはペダルで音程が調整できるからかなり楽だ。マレットで叩いて調整していると、背後から声を掛けられた。振り返るまでもなく誰か分かった。裕子ちゃんだ。
「どしたの?」
「あの、私、木月先輩がやるべきじゃないかって、思って。っていうか、気付いて」
「え……?」
驚いた顔をして見せたけど、振り返って彼女と目が合った瞬間、何を言われるのかは分かっていた気がする。
「私が勧めたのに、そんなワケないじゃん」
至極当然の意見を述べる。強めに。そうじゃないとこの子はきっと、遠慮してしまうから。
私の言ったことは正しい。だけどここは吹奏楽部だ。私達がいいって言ってんだからいいじゃんって思うんだけど、さすがにあんまりボロクソな演奏をすると他のパートも黙ってはいない。特に、不安材料がある子はやってみる前から心配される。裕子ちゃんみたいな、高校に入ってから始めた子とか。
「でも私、木月先輩のドラムの方が求められてる気がするっていうか」
「心配しなくていいよ、簡単な曲を譲ってあげただけだしね?」
「へ?」
「これから、あと一曲はジャズやボッサを先生が選んでくると思うから、さ。私はそっち狙ってるんだ」
口からでまかせだ。追加で曲が来るのは間違いじゃない。でも、私はそのドラムを担当するつもりなんてない。
最近の私は、演奏を受け入れてもらえなかった理由を、自分なりに研究している。よく分からないけど、なんとなくその意味が分かり始めてるところだから。
「そう、ですか……」
乞うような視線。私にどうして欲しいんだ。いやドラム叩いて欲しいんだろうけど。
妙な謙遜でドラムを押し付けようとするのはやめて欲しい。こんなキツいこと、直接は言えないけど、本当に喉の奥まででかかった。
「ホントに、私のことは気にしないで。ずっと憧れてたの、知ってるよ」
「先輩……」
「裕子ちゃん……上手になったら、私にドラム教えてね」
「めちゃめちゃ言わないで下さい!」
私は手中でマレットを落とすように振り、ティンパニーの打面に当てる。跳ね返ってきた感触を確かめながら笑う。久々に、吹奏楽が楽しいと思えるようになってきた。
***
私は今日、なんとあのBスタに来ている。夏休みのおかげでしばらく会えてなかったけど、みんな驚くほど変わっていない。強いて言えば私服というところだけ。日焼けもしてない。多分、外に出る間も惜しんで弦を押さえてたんだ。鳳は元々インドアっぽいけど。
今日、私の部活は昼までだった。その足でガイセンスタジオに向かい、受付で声を掛けた後でBスタに入り、今に至る。琴子達は少し前から入って、音を出していた。昼から予約していたみたいだから、三十分くらい前から始めていることになる。
「琴子、もうちょい音上げた方がいいかも。あ、なつきだ」
「なつき! 待ってたよ!」
「来ましたね」
私は三人との再会を喜びながら、少しぎこちない笑みで手を振った。メッセージのやりとりはほぼ毎日してたけど、元々知り合って日が浅いし、ここで会うのは二回目だったから、どんな調子で喋ればいいのか分からなくなっていた。でも、向こうは全然変わらない。あぁ、こんな感じだったと徐々に思い出しながら、楽器を肩にかける三人を見つめる。
みんな、すごく様になっている。前に見た時は初めて楽器を触るところだったとは思えないほど、それぞれの楽器が馴染んでいた。構え方、音の出し方、そんな一つ一つが、彼女達の努力を、夏の成長を窺わせる。私の到着に喜ぶ琴子は、チルに「琴子、音出してみて。バランス調整するから」と言われるまで、ずっとニコニコと私を見ていた。
「みんな、なんかすごいね」
「まだ何もしていませんが……」
「そうだけど。でも、前とは全然違うんだって、もう分かる」
今日、私は「成長を見てくれ」と言われてここに来た。彼女達はこれから私に演奏を聴かせてくれるつもりだろうし、私もそれが楽しみだけど、成長ならもう伝わっている。
みんなは自分の近くにパイプ椅子を設置していた。鳳は楽器のセッティングが終わると、おもむろに席について一息つく。ボリュームを落として弦を弾いている。チューニングしているようだ。本当に、成長がめざましいと思う。
私はドラムへと歩き、部屋の隅に荷物を置くと、いつもの丸椅子に座ってセッティングを始めた。パイプ椅子に座っていないのは私だけ、ある意味で特等席だ。
「で、何を見せてくれるの?」
「チルが買った教則本の付録でバンドスコアが付いててさ。ま、聴いててよ」
「ですね。曲名を当ててもらえるくらいの演奏はしたいところです」
「そゆこと。琴子、マイクで声出してみて」
チルは手慣れた様子で音のバランスを整えていく。本当は私も入って、ちゃんと全体で確認した方がいいんだろうけど、とりあえずは演奏しないし、なんとなく三人の作業を邪魔したくなかったので、黙って見守っていた。みんなの音が鳴る度にサーサーという雑音が聞こえる。何者かなんて確認する気は無い。正体は分かっている。
私はスネアの側面に手を伸ばし、案の上入ったままだったスナッピーに触れた。スナッピーはスネアにとってとても大切な部品だ。細い金属のヒモのようなものが何本も並んでいるパーツ。これを普段は叩かない打面、裏側のヘッドの表面にぴったりとくっつけると、普段のスネアの音になる。オフにすると、本当に太鼓みたいな音が鳴ってしまう。あえてスナッピーを外して演奏する曲もあるけど、かなり稀だ。
スネアの側面にあるスイッチでオンとオフを切り替えることができる。オンになっていると、他の楽器が鳴ったときも振動でサリサリ鳴るので結構鬱陶しい。みんなで大きな音を出しているときは全く気にならないレベルの音だけど、吹奏楽ではしばらく演奏しないときは必ずと言っていいほどオフにすることになっている。
「しー」
そう言ってスナッピーを切る。吹奏楽でもバンドでも同じことをしてると思うと、なんだか不思議な気持ちになる。妙な視線を感じて顔を上げると、ちょっとびっくりした顔の琴子と鳳がいた。
「なつき、普通にドラムに話しかけるじゃん……」
「いや、これは」
「やっぱり音楽やってる方って、ちょっと変わった方が多いのですね」
「変人みたいに言わないで!?」
ちょっとしーって言っただけなのに……え、これ、そんなに変なのかな。結構やる気がするんだけど。どうしよう、裕子ちゃんにも「先輩まーた楽器と喋ってる」って思われてたら。はっず。
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