ドンタンドドタン
第13話
誰かが言った、吹奏楽部の甲子園、それがコンクールだと。
あの日、私達は確かに全力を出した。金賞は獲った。でも、地区大会の勝ち抜け資格は手に入らなかった。そして大勢が泣いた。死ぬわけでもないのに、わんわんと。私は周りに合わせて、精一杯悲しげな表情を作った。本当はどうでもいいんだ。みんながわんわん泣いてる中でにゃんにゃん鳴きたくなるくらいに。
私も、きっと森田先輩も、手なんて抜いてない。むしろ、たくさんの観客の前で、自分にできる最高の演奏をしようと心がけた。他のみんなとやってることは同じだった。私達の違いは賞のことしか頭にないか、賞なんてどうでもいいって思ってるか、それだけ。
彼女達の発言を疑いたくなる私もきっと大概性格が悪いんだけど。それにしても、これまで賞とか予選通過とか、そんな話しかしていなかった人達が、演奏した直後に「最高の演奏が出来たから……心残りはないよ……!」なんて言ってるのを見ると、白々しく思えてしまう。結果が出る前にあらかじめ切り替えておくことで、実際に地区大会を突破できなかったときのショックを和らげようとしているように見えるというかなんというか。さすがに、これは森田先輩にも言ってない。ここまで捻くれてると思われるって、ちょっと恥ずかしいし。
帰りのバスでは、疲れて眠っている、ということにしておいた。ずっと起きてたけど、目を瞑って黙っていた。本当に眠っている子達も結構居たと思うけど、起きてる子達だけでもかなりうるさかった。
あの日、口にした本音は少なかった。その中でも、口にできて最もスッキリした言葉は、森田先輩に言った「ですね」、だ。楽器の搬入も終わって、あと少しで帰りのバスに乗り込むってときに、ぼんやりとベンチに座っている私に先輩は言った。「やっと終わったなー」と。まるで、テスト明けみたいな言い方だった。だから私は、ですねとだけ返した。
というわけで、私の夏の大一番は無難な結果で幕を閉じた。とはいえ、吹奏楽部は止まらない。コンクールに落ちたって、今度は定期演奏会に向けて舵を切り替えるだけだ。速度は変わらない。夏も秋も、全速力で駆け抜ける。まぁ、さすがに冬になれば……いや、冬はアンサンブルコンクールがある。参加する人は本当に休む暇がないだろう。私達のパートは出る予定が無いので、とりあえず冬までの辛抱だと思って頑張ろう。きっとそれまでには、琴子達も何かしら弾けるようになっているはず。
「あー……このまま何もしない時間が続いて欲しい」
ラグの上に寝転がって、ベッドに足を乗せて、私はアイスを食べていた。チョコでコーティングされてるやつ。砕いたアーモンドが混じってて美味しい。こんな風にだらだらと夏休みを満喫しているなんて。私は片耳だけイヤホンを装着して、スマホと同期させると、ある動画を再生した。外している方のイヤホンからも、シャンシャン鳴っているのが分かる。
「……うぅん」
流しているのは、昨日スタジオに入った時に録音した、私の練習だ。吹奏楽部という、ドラムが叩ける環境に身を置きながら、わざわざスタジオに入ってるのは不自然だと思う。でも、音楽室よりも、私にはガイセンスタジオのCスタが馴染む気がした。置かれているドラムセットの音が、なんて高尚なことを言うつもりはないけど、何もかもが私を歓迎してくれているように感じた。
ドラムの練習を熱心にやったことは、ある。だけど、それは中学の時の話。去年、高校一年生の、ちょうど今と同じくらいの時期。定期演奏会に向けて各楽曲の担当パートを決めているとき。そこが初めてドラムとして一年生が抜擢される機会だったんだ。「ちょっと叩いてみて」と言われて渡された楽譜は、演奏会で披露する予定のポップスだった。私の演奏を聞いた当時のパートリーダーは「なんか違う」と言って。それから私に声がかかることはなかった。
ドラムは好きだし、どちらかというと得意なつもりだったから結構ショックだったけど、指揮に合わせられない問題が深刻化している時期だったのもあって、先輩方の判断を素直に受け入れた。
だからこうして、自分の演奏を聴いている。「なんか違う」って、なんだ。これから琴子達が音楽に詳しくなって、ドラムのことも分かるようになって、そのときに同じように切り捨てられたら。
「さすがの私でも泣くかも」
泣いたことって、あんまり無いんだけど。正直、耐えられる自信が無い。それくらいに、バンドは私にとって大きな存在となっていた。不安な気持ちと、一緒にスタジオに入った時に三人が言ってくれた、「かっこいい!」を信じたい気持ちで揺れている。
「あ」
繰り返し聴いていると、自分の演奏の間違いに気付く。楽譜を買えばいいのに、というよりも琴子達はきっと楽譜を買うだろうに、私は先んじてやるかどうかも分からないヒイズルの曲を耳コピしていた。なんかしっくり来ないと思ってたけど、そうか。
「ここ、大事なのはタムじゃなくてワンポイントで入るスネアだ」
フレーズを口で歌えと、かつて専門誌に書かれているのを読んだことがある。口で歌えるというのはつまり、何が起こっているのかイメージが出来ているということ。同時に音が鳴っていても口からは一つしか音が出せない。つまり、最も重要な音が何かを理解できていないと、それっぽく歌えない。だから、ドラマーこそ歌うのは大事だ。そんなことが書かれていた。本当にその通りだと思う。
このフレーズは、口にしてみてもしっくり来てなかった。連打で鳴ってるタムの音に気を取られていたけど、大事なのはアクセントで入っているスネアだ。それにたったいま気付いた。
「タムを手抜きしてでも、スネアのタイミングは合わせよう」
演奏のアイディアが浮かぶと早く試したくなる。いつの間にか食べ終わっていたアイスの棒をゴミ箱に放ると、私は勢い良く体を起こした。立ち上がりながら、ぶらぶらしていたイヤホンを耳にはめて、パッドの上に置いてあったスティックを握る。
本当はドラムセットで叩いて確かめたかったけど、パッド君は最低限私の心を埋めてくれていた。何も叩けないよりはマシだし。これまで、家でまで練習したいと思ったことなんてほとんど無かったけど、最近はほとんど毎日だ。
部室ではヒイズルの曲なんて練習できる空気じゃなかった。コンクールが終わったと言っても、それは変わらない。ちょっと叩くだけならまだしも、熱心に練習してると、なんの曲やってるんだって怪しまれそうだ。裕子ちゃんや森田先輩にだってバンドのことを話すつもりはないから、細心の注意を払って勘付かれないようにしなきゃいけない。
私が心置きなくドラムを叩けるのは、あのCスタだけ。特にこだわりはないんだけど、あれから三回自主練に入って、ずっとCスタを選択していた。単純にいつも空いてるからというのもあるけど……Bスタは、琴子達と入るときの為にとっておこうと思った。みんなで初めて入ったところだし。なんでか、私にとっては特別だった。
「お小遣い、増えたりしないかな。いや、しないな」
お金さえあれば、毎日だって行くのに。自主練専用の回数券というのがあって、それを買えば割安で自主練習に入れるんだけど、数時間分のつづりになっているので、私が一回の練習で入る額よりも当然高くなってくる。お小遣いが貯まるまで待てばいいんだけど、生憎私が月単位であそこを我慢できない。要するに、もっとお得な方法があるのが分かっているのに、お金にも心にも余裕が無い私はそれを決行できないでいるということ。
もったいないことをしていると分かりながら入るスタジオは悪いことばかりじゃない。スタジオの予約を取った日は、一・二時間のウォームアップを済ませてから家を出た。パッドでも出来る基礎練をする時間がもったいないから。予約した時間は全てドラムを叩いていたいから、トイレの為に途中でブースを出ることすら避けている。
まるでドラムを始めたばかりの子みたいだ。中学の頃から触っていたというのに、あの楽器は今更になって、大きな別の意味を纏って私の前に現れた。そんな感じがした。
結局、録音した演奏を聴き続けても、「なんか違う」の意味は分からないままだ。下手クソとは言われてないから、そんなに悪い意味じゃなかったのかなと思いながらも、下手クソと言われた方がやるべきことがはっきりしてるんだからマシなんじゃないかとも思える。
スティックとスティックがぶつかり、パッドを叩くてこてこという音が止まる。あのフレーズをそれっぽく叩くイメージはなんとなくできた。あとはやっぱりドラムセットで試してみたい。気が済んだ私はスティックを手放した。二本揃えて、元あった通りパッドの上に置く。
「アイス、もう一本食べちゃおうかなー」
お母さんにバレると、お腹を壊すからやめなさいって怒られる。キッチンにはこっそり行かなきゃ。
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