第12話
同年代の女子と比べると、結構地味な部屋だと思う。ポスターも貼っていないし、推しのアイドルやアニメのグッズなんかもない。個性的と言えるのは、最近買ったばかりの練習用パッドと、それを立てて練習するためのスタンドだけ。私はベッドに寝そべって、自分の部屋を客観的に見渡していた。ちなみにパッドは、スタンドから外してテーブルの上に置いてある。さっきまで胡座をかいてパタパタ叩いてたから。
私が何か欲しいと言うのが珍しかったらしく、パッドを買うのにお小遣いを前借りしたいと申し出ると、去年のクリスマスに何も買ってやらなかったからと、そのままプレゼントしてもらえることになった。そういえば何も貰ってなかったかも。というか、欲しいものが決まったら教えろって言われてそのままだった。思い付かなかったから。
そんなわけで、少し前にパッド君が我が家にきた。我が家っていうか我が部屋だけど。うちが一軒家で良かったと思う。振動で苦情が来るという噂は色んなところで耳にしていたから。パッドを叩く程度の騒音なら、隣の家に迷惑をかけることもない。
琴子達には、まだ言ってない。というか言う日が来るかも分からない。鳳みたいに楽器を買ったなら「見て!」と言うのも分かるけど。三人があのちょっと厚みがあるプラスティックの板を見ても、「はぁ、そうですか」としか思わないだろう。私も、欲しいと言ってから呆気なく手に入ってしまって、なんとなく実感が湧いていないし。
さっきまで、スティックを握って基礎練をしていた。学校でもやったのに。森田先輩と話したことを思い出すと、なんだか落ち着かなくて、ずっと手を動かしていた。
「言って、大丈夫だったかな……」
コンクールのこと。いくら話しやすい先輩だからって、早まったかもしれない。もし森田先輩が私の言ったことに憤りを感じ、他の三年生に共有していたら……。
「まぁ最悪辞めればいいし」
別に、辞めたい訳じゃないけど。立場も悪くなって、信頼できると思っていた先輩に嫌われて、演奏のスランプから脱却することもできたとなれば、もう無理して留まる理由も無いように思えた。中学の頃から、ずっと続けてきたのに。あんまり未練を感じないのは、琴子達のおかげかもしれない。
実を言うと、昔から結構冷めた目で見てた。コンクールのこと。だってどうでもいいんだもん。ただ素晴らしい演奏を目指しているというならまだしも、この時期のみんなは「それ以外のことはどうでもいい」とでも言いたげだ。私は、あのコンクールを特別視し過ぎているような感じが、どうしても好きになれなかった。
団体競技だから、どうしてもそうなりがちなのは分かるけど、押しの強い子はコンクールを大義名分に努力を強要する。私は、そういうのが好きじゃない。最近、琴子達と関わるようになって、ずっともやもやしてたんだって気付けた。あの三人は、やりたいからやってる。私の演奏を聴いて、「なんかよく分かんないけど好き」と言ってくれる。私も、三人がどんなスタイルで演奏するのか、今から楽しみだ。誰かに強要されることなく、そして強要することなく、みんなが自然と目標に向けて動いている。要するにすごく楽しい。そんなワクワクをずっと忘れていたって、気付いた。
ぼんやりしていると、スマホが震えた。
「メッセージ……吹奏楽のグループだ」
先生、熱が出たらしい。まぁ私達と同じで先生も根を詰めてたから。むしろ今で良かった。今日が本番前日だったら、みんなパニックだっただろう。
「先生の指示により自主練、か……あー、出た出た」
先生に生徒を試すような意図は無く、きっと善意で、体調を崩しかけている生徒がいるなら休ませようとしているのだろう。だけど甘い。それなら強制的に休みにしないと。もともと土曜日は練習がある日だったので、部活の為にみんな予定を空けているはず。そして今は夜。こんな時間に連絡が入って予定を入れるのは極めて不自然というか、反感を買う。誰も何も言ってないのに、同調圧力をビンビン感じる。つまり、まともな神経をしていたら明日こそ部活に出なきゃいけない日だ。ホント、忠誠心を試されている気持ちになる。
「……よっと」
私は体を起こす。ベッドに膝をついて、体をひねって、床に足を着いたら死ぬゲームでもしているのかって体勢で、鞄に手を伸ばした。横着するにも程があるけど、どうせ誰も見てないし。鞄から財布を取り出すと、中に入っている名刺を手に取った。
「ガイセンスタジオ……」
この間、琴子達と入ったスタジオだ。私の家から自転車で二十分くらいのところにある。いや、もうちょっとかかるかな。だけど、学校とは全然違う場所にある。
予約の確認は、このQRコードを読み取ればできると言っていた。私は名刺の角に印刷されているQRコードにスマホをかざした。
「……明日、十一時から二時間、空いてる」
どうやらスタジオは午後の方が賑わうらしい。土曜だから朝から埋まってるかと思ったけど、前日の夜まで埋まらないところを見ると、休日であろうと営業開始直後の時間帯は人気がないようだ。
「……」
私は明日、学校には行かないつもりでいた。もちろん、この時期に事を荒立てる気はない。だけど、もう少しだけ自分のやりたいことを優先させてみたかったから。
WEBの会員登録を済ませて、すぐに自主練習で十一時から二時間押さえた。私が会員登録を済ませる間に他の人に取られちゃったらどうしようかと思ったけど、多分完全に杞憂だった。
この時間なら、吹奏楽部はみんな登校済だろう。無関係の生徒に見つかって、それがたまたま吹奏楽部員の知人で、私が練習に行かなかったことが後々発覚する可能性は考えられなくもないけど。そんなこと想定してたらキリが無い。普通に有り得る話だけど、別にいい。「揉めたら最悪辞めればいい」と思えるようになった私はかなり強いなと自嘲した。
***
翌日、私はガイセンスタジオの階段を下っていた。部活をサボって来てることもあって、ここが秘密基地っぽく思える。色んな意味でワクワクしながらドアを開けると、カウンターに居る男性に声を掛けた。
「WEB予約の木月です」
「あぁ! この間の!」
ヒゲのおじさんは、私のことを覚えていてくれた。私も覚えている。バンド結成の話を聞いて、一緒に笑ってくれたおじさん。彼はカウンターから身を乗り出して、私に真新しい会員証を渡しながら言った。
「あの小さい子はたまに来るよ」
「……え?」
小さい子、というのは、おそらくチルのことだろう。鳳は男性顔負けの身長だし、琴子もどちらかというと結構すらっとしている。
「転換のときに見たけど、やけに年季の入ったプレベを使っているよね」
「そうなんですか?」
転換って一瞬なんのことかと思ったけど、多分ライトがチカチカしてからおじさんが片付けを手伝ってくれる時間のことだと思う。プレベは、多分ベースのこと。私は一目見ただけでは分からない。傷だらけだったら流石に気付くと思うけど、前にチルが送ってくれた画像を見ても、そんな風には思わなかった。伯父さんのおさがりだと伝えると、ヒゲのおじさんは笑った。
「やっぱり。スタジオにたまに来るのも、ベースをくれた人のアドバイスかもね」
「まぁ実際、私も機材のことは分かりませんし、チルが詳しくなってくれるなら大助かりですよ」
「バンドに一人強い人がいるといいよねぇ。性別でどうこう言う気はないけど、やっぱり女の子はその辺疎い子が多い気がするっていうか」
おじさんに気を遣わせている気がするので、私はすぐにフォローした。というか、ただの事実なんだけど。
「いえ、本当にその通りだと思いますよ。私も、自分がドラムなせいもありますけど、かなり関心無いですし」
そう言うと、彼は意味深な笑みを見せて、自身の背後を親指で指す。
「ドラムだからなんて言ってるけど、うちは配信用機材の貸し出しもしてるし、全く無関係な話でもないかもよ?」
「配信……?」
確かに、おじさんが指した先には「WEB投稿・配信機材貸し出し中!」と書かれている。スタジオって、そんな機材まで貸してくれるんだ。アンプなんかとはまたちょっと勝手が違う機械っぽいけど。どちらにせよ、私が触れるような代物ではないだろう。
「そうそう。ライブ配信とか、WEB投稿とか」
「へぇー……?」
色んな人が演奏してみたというタイトルで動画を投稿している。そういう人達も、こういうところで機材を借りてたのかな。興味ありそうな私の反応に、おじさんはさらに話をしてくれる。
「と言っても、三脚付きのちょっとしたカメラと、音割れしにくいマイクだけなんだけど。あ、有線のLANが個室にちゃんと引き込んであるから、ネット回線は安定してるよ!」
おじさんのセールストークに気圧されながら時計を見ると、十一時を少し過ぎてしまっていた。詳しく聞こうとするとかなり時間取られそうだし、少し悪いと思いながらも、私は会員証を財布にしまいながら言った。
「あの、私って今日どの部屋でしたっけ?」
「あ、あぁ、Cだね。奥の部屋だよ」
WEB、か。興味が全く無いとは言わないけど、みんなに内緒にしてるのにネットで大公開とかかなりバカだ。ドラムの演奏なんて、どう頑張っても顔が映るし。私はおじさんに会釈すると、足早にCと書かれた扉を目指した。
二重になっているドアを開けて中に入ると、私はドラムセットを見た。Gretschのドラムだ。前に琴子達と入った部屋のドラムはPearlだったから、もしかするとまだ入ったことの無い部屋にはまた違うメーカーのドラムセットがあるのかもしれない。そうだとしたら、YAMAHAじゃないといい。学校にあるのはYAMAHAだから、せっかくなら違うメーカーのものを試してみたい。
広さは琴子達と入った部屋と同じくらいだ。私が一人で使うには上等過ぎるくらいに広い。これから二時間、私だけがこのドラムを叩ける。お金を払うから当たり前なんだけど。高校に入ってからは、先輩達がいないときにこっそり叩いてたけど、本当に短い時間しか触れていない。曲を任されていない私がドラム叩いてるのも変だし。逸る気持ちを押さえながら、すぐにセッティングを始める。
「よっし……これで」
セッティングを終えると、ドラムセットの正面に回って写真を撮る。できるだけカッコよく撮りたかったけど、写真の善し悪しなんて分からないからリテイクは無し。私はその画像をバンドメンバーのグループに送信すると、ドラムの椅子に座って、やっとスティックを握った。
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