第一章 世界が一転した日②



「え……」

 いつの間にか地面は駅のホームでは無く、やわらかいじゆうたんに変わっていた。周囲がぼんやりとした光に包まれていてよく見えない中、近くで同じように座り込んでいた大学生らしき女の子と目が合う。彼女も混乱しているようで、おたがいに言葉は出て来ない。

 光がゆっくりと消えていくと、かどこかの部屋の中にいた。周囲をけんやりを持つ複数の人間に囲まれている事に気付いて、あわてて女の子をかばうように前に出る。訳がわからず混乱する頭は、震える手で私の服をつかむ女の子の存在で何とか平静を保っていた。

 周囲の人々はゲームで兵士が着るような服装をしているが、妙に破れやよごれが目立っている。綺麗とは言えないような服、ごうな造りなのにうすよごれて破れたそうしよくかざられた部屋。

 だれかの悪戯いたずらなら早くネタばらししてほしい。そう思ってしまうくらい、ふんが異様だ。

 周囲の人達はまどった様子で私達を見ているが……今動いたら危ないだろうか。パンツスーツとはいえパンプスでは思うように動けないし、と思案していた時だった。

「どけ! これが聖女か!」

 せいじやくをかき消すような大声が周囲にひびき、私の前にいた兵士が後ろから出てきた人物にき飛ばされ、大きな音を立てて倒れ込む。周囲に満ちていた戸惑いの空気がきんぱくしたものへと変わり、私の服を掴む女の子の震えがさらに大きくなった。

 どすどすと足音を立てて現れたのは、きらびやかな服に身を包んだ五十代くらいのおおがらな男性だった。自分が押したせいで倒れた兵士の事はいつさい気にしていない。頭には美しいおうかんかがやいているが、周りの人が兵士ならば彼は王様だろうか……なんだかいやな雰囲気だ。

「どちらだ?」

 あつかんりまきながら男が問いかけると、一人の兵士がぎこちない動きで私の後ろでふるえる女の子を指差した。男が欲望しか感じない嫌なみを浮かべたのが見えて慌てて女の子をかくそうとしたが、ずかずかと近寄ってきた男に思いきり突き飛ばされてしまう。

 がっ、とゆかたたきつけられてくぐもった声がれる。男の手が当たった部分がじんじんと痛む。突き飛ばされたというよりも、なぐり飛ばされたと言った方が良いかもしれない。

 小さな悲鳴が聞こえて慌てて体を起こすと、王冠の男は女の子のうでを引っ張り、ごういんに立たせているところだった。ぎりぎりと音が出そうな強さで掴まれて、女の子の顔が苦痛にゆがむ。そんな顔を見ても力をゆるめず笑みを深めた男に、けんかんは増すばかりだ。

「ちょっと……っ!」

 制止しようと出た言葉は、周囲から向けられた大量の武器のせいで中断された。ぎらぎらと輝くものが大量に向けられるじようきようとつに両手を上げてしまい、動けなくなる。

「そいつはいらん。城から追い出すか処分しておけ」

 私を見て鼻で笑った王冠の男は、強引に女の子を引っ張り部屋を出ていく。泣きそうな顔の女の子がこちらを見たが、武器はいまだ私に向けられており、少しでも動けば突きさるだろう。何も出来ないのがくやしくて、どうにか出来ないかと視線を周囲に走らせる。

「動かないで下さい、どうか、お願いだから……」

 そうささやくような声が聞こえて、そこで初めて周りの兵士達が泣きそうな表情でこちらを見ている事に気が付いた。きようしぼんでいき、戸惑いが大きくなる。

 結局女の子は連れ去られてしまった。扉の閉まる音に無力感を覚えてくちびるむ。男が出て行ってすぐに武器は下げられたが、兵士達は誰も彼も悲痛そうで、どこか悔しそうだ。

 何がどうなっているのかとなやむ私の思考は、勢いよく扉が開いた事で中断された。

「おい、どうした?」

 まゆを寄せて部屋の中を見回す同い年くらいのあおがみの男性。ずいぶんと整った顔立ちで、生真面目そうな人だ。服装も兵士達と比べると良い物ではあるが、あの男ほどの豪華さはない。状況をあくしたらしい彼の顔色が一気に悪くなる。

「まさか、聖女をしようかんしたのか? 彼女か?」

「聖女様は王が……申し訳ありません」

 兵士の答えを聞いてさらに顔色を悪くした彼は、一瞬悩んだ後に近くの兵士に小声で何かを囁いた。兵士は泣きそうな顔で、はい、と返事をして部屋を出て行ってしまう。

 男性はすぐに私の方へ近寄って来て、けいかいを強めた私の顔を見て目を見開いた。

「これは……申し訳ありません。おそらく何も把握出来ていないかと思いますが、ここにいてはあなたも危ない。私が案内しますので、ともかく城の外へ」

 早口なのが彼のあせりを表している気がするが、果たして信用してもだいじようなのだろうか? せんたくちがえば自分の身があやうい事は、もう十分すぎるくらいに理解出来ている。

「もう一人の女性の事はご心配なく。私の部下を向かわせましたので、王から引きはなす事が出来ているはずです。信用は出来ないかもしれませんが、身の安全は保障します」

「……わかりました」

 確かにここにいてもどうしようもないし、あの王に殺される可能性もある。人間に向かって、笑いながら処分なんて言葉を発する事が出来る男なのだ。

 私の返事を聞いてあんした様子の男性と兵士達を見つめる。兵士達の動かないでという声が震えていたのを思い出して、おそらく大丈夫だろうとわずかにかたの力をいた。彼らが私に武器を向けたのが本意で無かったのは態度を見ればわかる。

 あの王と彼ら、どちらかを信じなければならない以上、選べるせんたくは一つだけだ。

 兵士の一人がそばに落ちていた私のかばんを拾ってわたしてくれる。申し訳ない、どうかご無事で、と次々に口にする兵士達に見送られながら、青髪の男性とその場を後にした。

 ヒビや穴だらけのろうを、彼の案内で足早に進む。付いていくのに必死で、城の外に続く門に着いた時にはわずかに息切れしていた。道中わかったのは、彼が兵士達からしたわれている事と、私を無事に城の外に連れて行こうとしているのが本気だという事だけだ。

「こちらです。この門から外に出られますので」

 示されるまま門から一歩踏み出したところで私の足はこうちよくし、動けなくなった。この城は小高いおかの上にあったらしく、遠くの方まで見渡せる。どんよりとくもった空、地平線が見えるほどに広がるこう、見た事のない鳥、聞いた事のない動物の声、丘の下に広がるはいきよのような町並み……知らない、こんな場所は知らない。間違いなく地球ではない。

「説明します。行きましょう」

 大きな鳥に手紙らしきふうとうを持たせて飛ばした彼にうながされ、また未知の場所へ向かって歩き出す。一歩足を踏み出すだけでも、得体のしれない恐怖を感じてしまう。

とつぜんの事でおどろいたでしょう? ここはあなたが生きていた世界とは異なる世界です」

 私の様子をうかがいながらも話し始めた彼の言葉に耳を傾ける。まるで夢物語だ。全身で感じているかんが無ければ、笑い飛ばしてしまえるほどの。

「この世界は今、ほうかいの一歩手前なのです。数百年続いたものとの戦争が終わって何十年もちますが、世界は戦争の余波で傷ついたまま。修理のための物資すら無い状況です」

 どこかで聞いた話だ、と笑い飛ばしたくなった。よりにもよって、私の大好きなあのゲームとまったく同じ設定だなん、て……。

「あなたがここに来たのは、異世界から世界をいやす力を持つという聖女を召喚した際に巻き込まれたからです。召喚士はあの女性に聖女としての力を感じたそうなのですが、あなたには無いと。そして帰す手段も今のところわかっておりません」

 心臓がどうを速めていく。となりを歩く彼の青い髪が風にれる。髪と同じ青い色のひとみそうな顔つき、みように色気を感じる泣き黒子ぼくろ。まさかそんなはずは……でも。

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