第一章 世界が一転した日③



「あ、あの、お名前をお聞きしても?」

「ああ、申し訳ありません。私はユーリス。この国、アリローグの王族の一人です」

 少しだけ微笑ほほえんだ表情は、ゲームのユーリスのイラストとそっくりだった。

 どうして気づかなかったのだろう? 現実になった事で雰囲気や服装は違うし、イラストよりもせてはいるが、ずっとこいをしている相手ととくちようが同じなのに。

 アリローグという国名もゲームのユーリスが治める予定の国と同じで、一瞬気分がこうようする。大好きな人が目の前にいる、大好きなゲームの世界だ、と。

「その、私はサクラと申します。この世界についてもう少し教えて頂いてもいいですか?」

「ええ、もちろんです。歩きながらで申し訳ありませんが」

 彼が話す世界の様子は、ゲームとほとんど同じだった。ただ、ゲームでは目の前のユーリスが次期王になるのだと努力していたし、あの王も登場していない。

 ゲームの世界に来たわけではないようだが、似た世界ではありそうだ。

「私といつしよに連れて来られた女の子は……」

「私が必ず保護いたします。私も王位けいしよう権は持っておりますし、王も私の言葉は無視出来ません。すべての意見が通る訳ではありませんし、本当はあなたの事も私が保護出来ればいいのですが、その……」

 どこか気まずそうにした彼は、私の顔を見て、少し悩んだ後に口を開いた。

「王はあの時、聖女の力を持つ女性に夢中だったようですが、あなたも王の好みに十分に当てはまる。聖女をうばわれた後、冷静になった王があなたを連れて来いと言うのは目に見えています。悔しいですが、今の私の力では二人の女性をかばい続ける事は出来ません」

「だから私を国から出そうと?」

「ええ。異世界の住人で後ろだてのないあなたは、王にとって都合が良い。ですから、王が思い出す前に手の届かない所までなんしてほしいのです。別の国に住む友人に使いを送りましたので、この国を出て彼と共に行って下さい」

「……わかりました」

 そうして言葉をわしながら歩き続ける内に、どんどん大きくなっていく違和感。

 ……ああ、違うんだ。

 高揚感が萎んでいく。やはり違う、彼は私が恋したユーリスではない。

 ゲームのユーリスなら、私もあの子も両方自分で保護するだろう。それが出来ないのはここが現実で、すべてが都合よくいかないからだ。そうだ、私が好きなのはゲームの中のユーリスで、目の前の、現実に存在するユーリスさんではない。

 ただ、彼がユーリスと同じ存在であるのなら、きっと信じても大丈夫だろう。これが正しい考えなのかはわからないが、私はもう安心したい。このまますべてを疑い続けたらつぶれてしまう。何か一つで良いから信じられるものが欲しい。

 気を抜けばしずんでしまう気持ちに気合いを入れるように、鞄しにスマホにれる。

 見ていてユーリス。私、絶対に帰るから。

 ともかく現実を見て、情報を得なければ。知らない事しかないのだから、生きるためには知識を増やす必要がある。

 あきらめない。何度も何度も死にかけながら長く苦しいとうびよう生活を乗り切って、そうして勝ち取った命なのだから。こんな事で絶対に諦めない……諦めてたまるものか。

「あなたを預ける友人とはあまり会う事が出来ないのですが、手紙のやり取りはしているのです。あの女性を保護して落ち着いたら手紙を送ります。ご安心を」

「はい、ありがとうございます」

 彼の微笑んだ顔を見て、ユーリスのがおは現実だとこんな感じなのかと少し感動した。

 彼が保護してくれるのならばあの子も大丈夫だろう、今はそう思うしかない。そもそも彼は召喚に何の関係もない立場のはずなのに、こうして動いてくれているのだ。

「あの、色々とありがとうございます」

「いいえ、当然の事です。最後まで責任が取れず、申し訳ありません」

 城から離れれば離れるほど、周囲の建物の崩壊具合は大きくなっていった。何かがくさったようなにおいがどんどん増していく。町を流れる水路の水はすいとしか表現出来ないほどによごれ、周囲の臭いとはまた別のあくしゆうただよわせている。ボロボロの服を着た痩せた人々が地面にころがり、暗く息苦しいふんが周囲に満ちていた。

 臭いが、空気が、そして視界に映るものすべてが私に現実をきつけてくる。

 そしてユーリスさんも、話せば話すほどゲームのユーリスとかいしていった。やさしくて正義感もあるが、理想を前面に押し出すゲームのユーリスとは違い、ユーリスさんは現実を生きている。その分、諦めている事も多いのだと気付いてしまった。

「もう少し私に力があれば、国民達も……」

 周囲の様子を見つめながらユーリスさんがくやしそうにそうつぶやいたのが聞こえた。あの王の様子からしてそれがひどく難しい事は、ここに来たばかりの私でもわかる。

「あなたは王にはなれないのですか?」

「前王である私の父が死去した際、私はまだ幼く……私が育つまでは、とである現王がそくしました。けれどいまだ私は若く力が足りないという理由で、即位への反対の声が大きいのです。もちろん、このままで終わらせるつもりはありませんが」

 強い意志の宿る目がゲームのユーリスと重なる。周囲の人達がユーリスさんの言葉を聞いてうれしそうに笑ったのが見えて、彼らにとってユーリスさんは希望なのだと気付いた。

 ただあの王にも同じ考えの臣下達がいるようだし、このへいした国民達では革命は相当難しいだろう。それにしても、ここまで崩壊目前の世界でもあの王のような自分の利益しか考えない人間が出るのか。人の欲望はおそろしい。

 そのまま町をはなれて歩き続けると、国の境目らしき大きな門の前に辿たどり着く。ユーリスさんが見張りの兵士と少し話した後、いよいよ門から出ようとした時だった。

「あ、いた!」

 城の方から息を切らして走ってきた兵士が、私に小さな布のふくろを押し付けるようにわたしてくる。勢いに負けて思わず受け取ってしまった私を見て、その兵士はやわらかく笑った。

「あの部屋にいたみんなからです。これはこの世界の通貨ですから、これから必要になるでしょうし、持って行って下さい。突然別の世界に連れて来てしまったおびです」

「で、ですが」

 袋には数枚のコインが入っていた。受け取るのをちゆうちよする私の横から手がびて、さらにコインが追加される。あわててそちらを見ると、門の見張りをしていた兵士達とユーリスさんが微笑んでいた。彼らのさいらしき袋には、ほとんどコインは残っていない。

 当然だ、こんなこうはいした世界で、彼らにゆうなどあるはずもないのだから。

「そんな、頂けません!」

「良いのです、私達は城にいれば食事も寝る場所もありますから。少しでも足しにして下さい。こわい思いをさせてしまって申し訳ない。あの女性も必ず助けますので」

 えんりよする私の手にごういんに袋をにぎり直させ、兵士は笑顔で城の方へけて行ってしまった。

もらって下さい。われわれよりあなたの方がこれが必要なじようきようなのですから」

「……はい、ありがとうございます。彼にも、ほかの兵士の方々にもよろしくお伝え下さい」

 彼らが必死にかき集めてきてくれたのがわかって、鼻の奥がツンとする。冷たいコインが本当に温かい物に感じて、大切にかばんい込んだ。見張りの兵士さん達にも何度もお礼を言って、またしばらくユーリスさんと歩き続ける。

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