第一章 世界が一転した日①



 電車のれを感じながら、ぼんやりと窓の外を見つめる。私の住む町は田舎いなかで人口も少なく、退勤ラッシュを過ぎた事もあって車内はがらがらだ。スーツ姿のままボックス席をひとめしているが、電車特有の椅子からのだんぼうのせいでおしりが熱い。乗車前に買った水を飲もうと鞄を開くと、使い慣れためい入れに視線が吸い寄せられた。

「……終わっちゃったなあ」

 名刺入れの中には『乙女おとめ さくら』という私の名前が書かれた名刺が数枚入っている。大学を卒業してから四年ほど勤めた会社ははいぎようが決まり、今日が出勤最終日だった。もうどうりよう達と会う事も無いだろう。少しさびしいが、どこかあんもしていた。

 窓に映る自分をじっと見つめる。

 頭の後ろできっちりとシニヨンにしたヘーゼル色のかみは染めたわけではないし、同じ色のひとみも自前のものだ。美男美女の両親に似た事で顔立ちは整っている方だと思う。尊敬する両親に似ているのはうれしいが、顔立ちから受ける印象は『れい』よりも『はかない』が勝つ。

 このみように儚げな印象や焼けにくい白いはだは、幼いころに病で何度も死のふち彷徨さまよった事が原因かもしれない。実際、私が平均より小柄で筋肉が付きにくいのは、長期にわたる入院とりようえいきようだと医師に言われている。今でこそ完治しているが、当時の両親はしゆだったに違いない。一人ひとりむすめが何度も死にかけ、病室から出る事すらままならないのだから。

 この外見のせいで色々うまくいかない事も多いが、完治しただけ良いと思うしかない。

 水を一口飲んで、荷物を自分のそばに寄せる。数年の勤務で増え続けたロッカーや机の中の私物に加え、クリーニングから予備のスーツを二組引き取ってきたので、荷物が多い。

 鞄に水をもどす代わりに、先ほどこうにゆうしたばかりの真新しいスマホを取り出す。今まで使っていたスマホの電源が入らなくなってしまったので、仕方なく買いえてきたのだ。

「新しいスマホは嬉しいけど、やっぱりめんどうだなあ」

 重要なデータは移したが、帰ったらアプリのダウンロードやデータのひきぎ作業が待っている。操作にも慣れていないので、設定にも時間がかるだろう。

 何より、ひまさえあれば遊んでいるアプリのパズルゲームが出来ないせいで非常に退たいくつだ。飲食とすいみんをぎりぎり手放していないくらいにはこのゲームに夢中なので、空き時間には自然にゲームをする習慣がついてしまっている。本当に手持ちだ。

 スマホを操作し、保存していた画像の中から一枚選んで待ち受けに設定する。ホーム画面に現れた男性キャラのイラストを見て『ユーリス』と小さくつぶやくと、自然と笑みがかんだ。彼はパズルゲームに登場する、私のさいしキャラだ。

 青いたんぱつと同じ色の瞳がとくちよう的なそうな顔立ち。泣き黒子ぼくろが色っぽくて、ギャップが可愛かわいい、なんて人気があるキャラだけれど、私は彼の意志の強い瞳が一番好きだ。

 帰ったらデータを引き継いで、彼の『おかえり』というボイスを聞かなければ。

 このゲーム、よくあるれんあいとパズルを組み合わせたゲームなのだが、子どもの頃の私が入院中にたまたま見つけ、夢中になってやりこんだものだった。

『何百年も続いた魔物との戦争が終わって数十年、こうはいしたままの世界をパズルゲームで復興させよう』という内容で、グラフィックも音楽もストーリーもらしい。

 ゲーム開始時に数人の男性キャラから相棒を一人選び、そのキャラが住む国を復興していく。れ地やこわれた設備等を選ぶとパズルが出て、クリアするとそこが復活する。

 パズルは決まった手数以内で様々な形や色のピースを移動させ、同じ物でそろえて消していくというシンプルな物だ。ステージごとに定められた条件を達成すると、ばんめん上のすべてのピースが消えてステージクリアとなる。ステージ上に障害物があったり、ピースを消すために相棒のキャラスキルがひつだったり、とやりこみ要素も多い。

 病室しかなかった私の世界を一気にいろどってくれたこのゲーム。長年やりこんでいるのでプレイヤーレベルもカンストしているし、イベントは毎回ランキングひとけただ。乙女おとめゲームなので恋愛要素も強く、相棒キャラのへんこうも可能なので様々なキャラと恋愛が楽しめる。

 しかし私は、相棒キャラを一度も変えていない。

『かっこいい……!』

 幼い私が画面の向こうの彼にこいをした日から、このゲームはずっと私の傍にある。

 あの頃の私は大半の時間を痛みや苦しさとたたかっており、病室から出られずにいた。母は仕事が終わるとすぐに病院に来て面会時間中はずっと傍にいてくれたし、海外勤務の父も帰国のたびに会いに来てくれたが、それでも一人の時間は長い。しかし両親のいそがしい理由が治療費をかせぐためだと気付いていた私は、もっといつしよに居てほしいなんて言えず……だからこそ、病室で一人でも色々なゲームが出来るスマホは、ゆいいつきない遊び道具だった。

 そこで見つけた、私の初恋。

 崩壊した世界でも何一つあきらめずに進んでいくユーリスに恋をして、自分も彼のようになりたいと、必死に生きようともがき続け、ユーリスもがんっているのだからと痛い治療を乗りえ続けた。シンプルなパズルゲームというのも良かったのだろう。時間だけはあった私にとって、十分にのめり込めるものだった。

 ユーリスから視線をらし、窓に映る自分の顔を見て小さくため息をく。

「現実での恋は、もうしばらくしなくても良いかな」

 なかむつまじい両親を見て育ったので恋へのあこがれはあるが、理想の恋はここにもある。ユーリスの映るスマホの画面をそっとでて、ゲームのダウンロードをしておく事にした。

 ゲーム以外のアプリもダウンロードしている内に、電車は降りる駅にとうちやくする。開いたとびらの向こうに一歩み出したと同時に足が何かに引っかかった。バランスを崩した体が前方に勢いよくかたむき、息をんだと同時に地面にたおれ込む。出勤最後の日に電車から転んで降りるなんて、とき上がったしゆうしんは、転んだ体勢から顔を上げたしゆんかんさんした。

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