プロローグ



「私と取引をしていただけませんか?」

「ほう?」

 テーブルをはさんだ先のソファにこしかける一人の男性。

 不敵に笑う彼に負けじと、私は仕事で身に付けた営業用のみで返した。

 同じ高さの椅子いすに腰かけているにもかかわらず高い位置にある顔、とがった耳、かいそうに笑う口元からのぞするどい犬歯。今はしまっているようだが、そのきたえられたたいの背に大きなしつこくつばさがある事も知っている。それらすべてが、彼が私とはちがう種族であるあかしだ。

 長いあしを組む彼とは、私が成人女性の平均よりがらな事もあって相当な体格差がある。

 力の差も明確で、まるでにくしよくじゆうたいしている気分だ。

 昨日、とつぜん私の世界は一転し、今の私は何も持っていないに等しい。あるのは連れて来られた際に持っていたかばんの中身と、目の前の彼がくれたこのくずれかけた家だけ。

 突然連れて来られた常識も文字も違う、言葉が通じる事がゆいいつの救いと言っても良い、ほうかい直前のこの世界。目の前の彼が保護してくれなければ、私は死んでいただろう。

 彼はものと呼ばれる存在を祖先とする人々をまとめ上げる国の王で、でなく私を片手でひねつぶしてしまえるような人だった。でも、それでも……。

 スマホを強くにぎめ、き上がってきた勇気に後押しされて、なんて事無いように笑った。

「私はこの力をこの国のために使います。その代わり、私が元の世界に帰る方法を探して下さい。そして無事に帰れるまで、私がこの世界で生きていくために必要な知識を下さい」

 声はふるえていない。少しのきようも、発言するためにしぼった勇気も、気をけば崩れてしまう作った笑みも、どきどきとうるさい心臓の音も……ひと欠片かけらたりとも表には出さない。

 そんな私を知ってか知らずか、目の前の彼は先ほどよりも笑みを深めた。

「いいだろう、俺としても国の復興の協力が得られるなんて願っても無い話だしな。取引成立だ。お前を帰す方法は絶対に見つけてみせよう」

 目の前に差し出された大きな手を握り返して、彼とあくしゆわす。

 私の手をすっぽりと包み込んだ大きな手。そこから伝わってくるぬくもりがなんだかやさしくて。取引がうまくいった事と、一方的に感じていたきんちようほぐれた事で、ほんの少しだけ泣きたくなった。

 ちゃんとこの世界で生きて、帰らなければ。私の生まれ育った世界に。

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