吾輩はイッヌである

犬ティカ

第1話

吾輩はイッヌである。名前は、まだない。だが、まあ別に名前なんぞなくても困らん。だいたい、人間どもは「ワン」だの「おい」だのと適当な呼び方で十分満足しているらしいし、吾輩にとってもそれで問題ない。なんか「ポチ」とか「ハチ」とか、そういうありがちな名前をつけられるよりは、呼ばれるたびに違う呼び名をもらえる方が、ある意味オリジナリティがあるというもんだ。


ここはなんJパパ、スマホママ、なんJニキ、そしてキッズという4人の家族が住む家である。吾輩は、この家で飼われるイッヌだが、どうも人間どもは吾輩のことを単なる「可愛いアクセサリー」か「気晴らしの相手」くらいにしか思っていないらしい。特にスマホママなどは、吾輩に無理矢理洋服を着せ、「インスタ映え」とかいう謎の儀式を行うために写真を撮りまくっている。写真を撮ることになんの意味があるのか、吾輩にはさっぱりわからん。


なんJパパは、毎日スマホ片手にソファに沈み込んでいる。よくわからん掲示板を延々と眺めては、時折「w」とか「草」とかつぶやいているが、その笑いのタイミングが吾輩には理解できん。ある日、なんJパパが吾輩を見て「うちのイッヌ、草生えるw」と言ったが、その「草」というのがどうやら吾輩のことを指しているらしい。しかし、吾輩に草の要素などあるはずもなく、ただただ困惑するばかりである。


家の中ではなんJニキも常にスマホを弄っている。大学生らしいが、あまり家から出て行く様子はない。時折「リアルで会話とかクソだわ」と呟き、ネットでのやり取りを「本物」と信じているようだ。彼が吾輩に向かって「お前もスレ立てるか?」などと言ってきたことがあったが、スレが何かもわからない吾輩にそんな誘いをしてどうするつもりなのか。


とはいえ、吾輩はこの家での生活をそれなりに楽しんでいる。餌は与えられるし、庭で適当に遊ぶこともできる。キッズは吾輩を本当の家族のように扱ってくれるし、彼女だけは心が温かい。時折、彼女に優しく撫でてもらうと、吾輩は「こいつらの中で一番まともなのは、やっぱりキッズだな」と心の中でつぶやく。


しかし、吾輩の人生において最大の謎は「人間という生き物がなぜこれほどまでに無駄なことをするのか」である。彼らは常にスマホを見て、何かをつぶやき、相手がどこにいるのかもわからないまま「レスがついた!」などと喜んでいる。それが何を意味するのか、吾輩には一向にわからん。もし彼らが少しでも吾輩のように、もっとシンプルに生きることができたら、無駄な時間を減らしてより充実した生活が送れるのではないかとさえ思うのだ。


吾輩はただ、静かにこのアホな家族を観察しつつ、今日も昼寝を決め込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る