一章 メイド足らしむるは……

第5話


「ご主人、おはよー」

「うっっ!?…………うん、おはよう……ございます」

「なんで敬語?」


 血にまみれた夜を明け、再び私はこの地に舞い戻った。


 お母さんには心配されると同時に「あんたまたエッチなゲームしてるんじゃないでしょうね!?」とか問いただされたが否定した。


 私がしているのは健全なHを摂取できる健全なゲームである。


 何時だったか不運にも指が震えて押し間違って購入してしまった十八禁のエロゲと一緒くたにしてもらっては困る。


 あと余談だが、ここに来る前にまたあのロリガキ社長に絡まれてログインボーナスとして鑑定のモノクルとMPポーションをもらった。


 MPポーションは良いとして、鑑定のモノクルは、まぁ、後で確認する。


「…………」


 ログインボーナスの空間から転送された場所は昨日ルナに膝枕をされて意識を失った宿屋のベットである。


 さすがに今日も膝枕をされているということはなく普通に起き上がったところ、その油断を突かれた。


 目覚めから数瞬、美少女からの『おはよう』である。


 しかし昨日の夕飯の後、再ログインをせず瞑想によって精神を研ぎ澄ました私である。


 さも平然であるかのように返事をした。


 そしてこれから起こる会話という名の戦いに決意を固める。


 …………とか考えるも、そんなことがどうでもよく思えるくらいに可愛い。


 答えづらい質問に目をそらしてうやむやにしようとし、それはそれできまずくて横目で様子を伺う私に対して、ルナは小首をかしげながら不思議そうに見つめてくる。


 イケメンなのに可愛いとはこれいかに。


 あまりの可愛さにどうしても目が吸い寄せられてしまう。


「それで今日は何するの?昨日もご主人起きたと思ったらまたすぐ寝ちゃったし」

「……ぅえっと」


 いかん、いかん。


 今やっているのはAIがNPCに積まれているタイプのゲーム。

 

 選択式だったりで自由度の少ないエロゲとかと違って相手の発言を無視して下心丸出しでジロジロ眺めるなんてしたら間違いなく好感度がだだ下がりである。


 そうでなくともチラチラと人から見られたら少なからず嫌な気持ちになるものである。


 ここは紳士的にならなくては。


「えっと、外でモンスター、倒したり……は、どうですか?」

「どうですかじゃなくて『行こう!』で良いんだよ?ご主人はボクのご主人なんだから」

「はぃ……」


 うぅ、本当に、語彙力が足りないせいでルナの魅力を言葉に表現しきれないのが歯痒くなるくらい、凄いドンピシャで性癖をくすぐってくる。


 オタクに優しいギャルに通ずる発言といい、耳を孕ませるような声質といい、見た目以外も最高なのだ。


 だから私の顔は真っ赤になって、目が泳ぎまくっていたとしても何ら恥ずかしいことではないはず。


「じゃ、善は急げ!はやく行こ!」

「ぅぇっ!?」


 ガシッ、っと手をつながれ部屋の外へと連れ出されていく。


 …………自分で設定しておいてなんだけど、陰キャの私にはルナは陽キャ過ぎたかも知れない。




「おぉ」


 街を南北に貫く街道を北に出ると、切り株の一部残る開けた土地が街を囲んでいることが分かる。


 そして続く街道の先に視線を向けるとすぐに立ち並ぶ木々によって先の景色が遮られる。


 生い茂る森の中に通る道は今にも消えてしまいそうな感じがして、この道を進むのかと思うと少し気後れもした。


 が、ルナが特になんともなく普通に私を引っ張ってったので釣られて平気になった。


 それに実際にモンスターも出るのだから雰囲気が怖い怖いと怯えるのも何かおかしな話である。


 ともかく森に囲まれた街道を進んでいると、上からガサガサッという音とともにモンスターが落ちてきた。


「スライムだね、ボクが倒すよ」

「お、お願い……ます」


 人間の頭と同じ程の大きさをした青色の液体の身体、そしてその中に細胞の核みたいなのが入っている創作でよく見るスライムだ。


 かなりリアルなグラフィックデザインだけれども例にもれず動きは遅くかなり弱そうである。


 そんなスライムにルナは腰に提げていたダガーを抜き取り向かっていく。


 スライムもまた敵対者を認知したのか身体を強ばらせるかのようにボゴボゴとゆっくり身動きをする。


 そして互いの距離が近づいたとき、スライムが跳ぶ。


 それまでの緩慢な動きと異なる急激な身体の圧縮の後、その反動によって空を跳んだスライムは一直線にルナの頭に向かっていく。


 一瞬ルナがやられてしまうかもという考えがよぎるも、ルナは冷静にダガーを振るう。


 強襲するスライムに臆すことなく的確に振るわれたダガーは跳んできた敵に直撃する。


「やった……あっ!?」


 倒した、そう思ったが異変に気付く。


 ルナの攻撃に弾き跳ばされるなり消えて死ぬなりするかと思われたスライムは未だ刺されながらもルナの腕に絡み付き蠢いている。


 スライムに突き刺したダガーは核に届く途中で止まってしまっているようだ。


 好機と見たかスライムが再び跳ぶ前の前兆を見せる。


「ルナ!大丈…」

「ん……!」


 スライムが今度こそ敵を窒息させんと跳ぶ直前、ルナが動く。


 スライムが絡み付いている腕を一気に振り下ろし地面に叩きつけた。


 地面に叩きつけられた衝撃でスライムの身体はたわませられ、その分だけ近づいたダガーの切っ先は今にもスライムの核に刺さろうとしている。


 焦ったスライムは急いで身体を戻し防御しようとするも遅い。


 戻ろうとするスライムより早くルナはもう片方の手も使ってダガーに力を込め、スライムの核を突き刺した。


『スライムを倒しました』

「すごい……」


 致命傷を受けたスライムが転移のときと同じ類の光の粒子となって散っていく。


 それを見届けたルナがこちらを振り返って笑った。


「ふふっ、すごいでしょ?」

「うぎゅっぁ…………はい」


 笑顔の破壊力……


 写真に撮って聖画にしたい。


 駆け寄ってくるルナを見てそんなことを思った。


 …………あと、可及的速やかに写真の撮り方を調べよう。絶対に。

 

 そんなことも思ったのだった。

 

 


 

 


 

 


 


 



 


 

 

 

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