第26話 *

「……踊る?」

「お願い!1回でいいの!私のためだけに踊って!」


 両手を合わせて頼み込む私に、有馬は片手で額を抑える。

 あまりの無理な注文に、困ってしまったのだろうか。

 いや、まあ、普通困るよね。


「あの、本当にちょっとでもいいの。私ね、あれからずっと思っていたんだ。有馬の踊りをもっと近くで見られたらって。でもそんなこと、仲も良くないのに言えないし。有馬ってなんとなく謎が多かったし……でもせっかく仲良くなれたから、1回だけ、有馬類を独占したいの。ダメかな?」

「……」

「お願いします!」


 隠す気のないため息の音が聞こえた。

 でも不思議と、嫌そうには感じなかった。


「……相良も一緒に踊るならいいよ」

「え、私?」


 私が有馬と踊る?


「ムリムリ!だって恥ずかしいし」

「でも好きなんだろ?踊るの」

「それは、そうだけど」

「なら、俺にも見せてよ」


 その瞳が、私だけを映して離さない。


「星名、踊ろう」

「……その誘い方はずるいと思う」


 小指に触れた有馬の指先が、私を甘く誘った。



◇ ◇ ◇



「曲は何にする?クラシック?」

「いや、最近のでいい」


 誰もいない公園の真ん中。スマホで流す音楽を探す私の手元を、背の高い有馬が後ろから覗き見る。きっと抱きしめられたら、すっぽり隠れてしまうだろう。


「あ、アヴィーチー」

「有馬も好きなの?」

「ああ、うん。アイの影響で聴き始めて、だんだん俺の方がハマった」

「私も一緒!先輩の影響で好きになったの!」


 顔を見合わせた後で、私と有馬は声を出して笑った。

 また一つ、同じが増えた。


「大人のデートの最後は、大人が聴いていた曲で終わってみる?」


 有馬の言葉に、私もすぐに頷く。


「曲は?」

「あれがいい、ふふんふんふふふ♪」


 鼻歌で伝えようとする私の後ろから伸びてきた手が、スマホの画面をスクロールして止まる。


「あ、そうだ「“Without You”」」


 重なった声が、ゆっくりと夜空に広がっていく。


 雲間から顔を出した月が、スポットライトのように照らす夜。

 二人だけの世界。二人きりのステージ。

 大人になれない私たちだから出来ること。


「なあ、本当にここで踊るの?」

「もちろん!誰もいないし平気だよ?」

「まあ、17歳なら許されるか」


 大人になったら、見える世界は変わるのだろうか。

 そこには、出来ないこともあるのだろうか。

 失うモノもあるだろうか。

 だけど私は、少し思うの。


「大丈夫。この前観た映画は大人もみんな踊ってたから」


 きっと大人も子供も、そこまで大きくは変わらないって。


「……LALALAND?」

「正解!なんでわかったの?」

「星名が好きそうだから」


 楽しいことも悲しいことも、辛いことも素敵なことも、生きている限りはいつだってやってくる。それなら私は、今の自分を自分らしく生きてみたい。

 そしていつか振り返った時に、あの時は楽しかったと思えるような「今」であれたらいいと思う。


「有馬」

「ん?」

「今日はありがとう」


 ワンピースの両端をつまんで、プリンセスのように優雅なお辞儀をして見せると、二人きりの公園の砂の上に膝をついた有馬が、ベルニーニの彫刻のように美しい手を私に差し出した。


 さあ、一緒に踊りましょうか。


 大人とか子供とか、わからないから二人ではじめた。

 17歳の私たちはまだ、大人になれない。

 だけどこんな風に、月と街頭に照らされて踊る夜が、今しかない夜なのであれば、この瞬間を楽しむ私たちは、きっと最高にクールでカッコいい。

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