6.9月は君と踊るように
第25話 *
泣き止んだ私に有馬が「家まで送っていく」と言ったのは、駅に着いてすぐだった。最初は断ったけど、有馬の家がそう遠くないことが分かったから送ってもらうことにした。
地元の駅に着くと、すでに夜の8時を過ぎていた。静かな夜道を二人並んで歩く。有馬が貸してくれたカーディガンのおかげで寒くない。
「今日、楽しかった?」
「……ああ、まあ」
隣を歩く有馬が、ぼんやりと答える。
「良かった」
「相良は?満足出来た?」
人混みの中で繋いでいた手は、今は離れて揺れている。
「うん。納得出来た」
「納得?」
今日一日、笑って泣いてわかったこと。
「私はまだ子供でいいや」
どれだけ背伸びをしてもどれだけ着飾っても、私たちはまだ大人になれない。17歳の、子供のままだ。
ヒールの靴は痛くて、繊細な料理は口に合わない。高級ブティックには10分も居られないし、ケーキを前にすれば大きな口で頬張ってしまう。
だからきっと誰が見ても子供だった。
22歳にはほど遠い子供の私だった。
でもそれが、嫌じゃないって気づいた。
バカにされて呆れられて、罵られて飽きられて、最後は酷い言葉で私をフッた大地先輩が求めるような大人の女になるくらいなら、私は私らしく、好きな服を着て、好きな物を食べて、好きな映画を観られる子供のままでいい。自分のままで、自分らしく歩いた先に、いつか大人になれる日があるのだから。
今はまだ17歳の私がいい。
「初めてをね、先輩にあげなくて良かったなって」
「……相良はそこまでバカじゃないだろ」
「……え?それ、褒めてる?」
「そのつもり。だいたい、それで大人になれるなら俺がフラれた意味がわからなくなる」
「あ、確かに」
思わず手を叩いた私に、有馬が呆れたように溜息を吐く。
そう言えば、有馬はどうなんだろう。
「ねえ、」
「ん?」
「有馬は本当にもうアイちゃんのことはいいの?」
じっと見上げて聞くと、有馬の横顔がうんざりしたように顰められた。それから視線が私に向いた。
「もう好きじゃないよ」
「そうなの?」
「むしろ新しい彼女が欲しい」
「……え!?なんで急に!?」
「今日、相良と居てそう思った」
デートする相手でも欲しくなったのだろうか。
それにしても、恋愛に前向きな有馬を尊敬してしまう。
「私も有馬みたいに頑張る」
「は?」
「新しい恋、新しい彼氏……そういうの考えるのも大事だよね!」
初めての恋の終わりは悲惨だったけれど、それなら次はもっと素敵な恋を見つければいい。それが明日でも一年後でも、今度は私らしい恋をしたい。
「有馬、ありがとう」
「俺はもっと別の言葉の方が欲しかった」
「え?」
「……星名ってさ、」
いつも真っすぐな背中を少し丸めて、目線を合わせるように私の顔を覗き込んだ有馬の髪が、少しひんやりとした夜の風でふわりと揺れた。ああ、やっぱり綺麗だ。
「ねえ、」
「俺の話の途中だけど?」
「でも、どうしても言いたいかも」
「何を?」
「私、好きなの。有馬が踊っている姿」
あの日、舞台に立つ誰よりも、綺麗で完璧で特別だった人。
目に焼きついて、今も離れない。
「だから、踊って欲しい」
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