第20話 *

 映画はとにかく満足のいく内容で、映画館を出た時は、二人揃って恍惚としたまま一生分の息を吐いたほどだった。

 観ている最中に会話を交わすことはないけれど、それでも隣で感じる呼吸の一つ一つに、有馬も同じように感動して興奮していることが伝わってきた。


 先輩とアクション映画を観た時は、エンドロールが流れだした段階で、どんな感想を言えばいいのか必死で考えていたけれど、今はそんな心配もなくて。ただ「良かったな」と言った有馬に、「うん。すっごく良かった」と返しただけで、全ては伝わった気がした。


 日常とは切り離された閉鎖的な空間から外に出ると、世界は瑠璃色に染まり始めていた。時刻は午後4時。少しだけ肌寒さを感じる。


「甘い物食べる?」

「え?」

「なんか腹減らない?」


 そう言って、近くにあったカフェを有馬が見た。

 なんだか私のお腹まで空腹を訴え始める。


「じゃあ、今度は私がご馳走するね」


 ランチの時は有馬にご馳走してもらったから、今度こそ私がちゃんと払いたい。


「いいよ、そういうの」

「有馬が良くても、私が良くない!」

「……なら、遠慮なく食う」

「え!?遠慮なくって、どれくらい!?」


 慌てる私を置いて、有馬はスタスタ歩き出す。


「待ってよ!」

「足、痛くない?」

「へ?」

「パンプスって歩きづらそうだから」


 追いついた私を振り返って、有馬が足元に視線を落とす。

 確かにパンプスを履いた足は疲れて痛かった。と言うか、待ち合わせ場所に着いた頃には既に痛かった。でもそういうのって、デート中に言い出しにくい。


「痛いけど、大丈夫。映画館で休めたし」

「ならいいけど、無理するなよ」

「うん。ありがとう」

「ほら」


 その手がまた、差し出される。


「相良遅いから、引っ張っていく」

「な、なにそれ?」

「いいから。マジで腹が減ったから速く行くよ」

「わっ!」


 強引に掴まれた手はそのまま引っ張られて、だけど私が辛くないペースで歩いてくれる。


「ねえ!有馬って甘い物も好きなの?」

「うん。好き」


 隣を見上げても、どんな顔をしているかわからない。

 だけど有馬がなんだか可愛く思えた。


「私も好き!」

「は?」

「甘い物!」

「……あーそう」


 今この瞬間が、子供っぽいと思いながらも、くすぐったい気持ちが止まらなかった。



◇ ◇ ◇



 瑠璃色の空に、黄金のモンブラン。

 崩れないようにそっとフォークを刺し込んだ私の前で、有馬はかぼちゃのプリンを食べる。あの有馬類が、プリンを食べているなんて貴重過ぎる。

 写真撮ればよかった。食べ始めてから気づいたけれど、口の中に広がった甘みに、そんなことはすぐ忘れてしまう。


 結局、私たちは大人になれたのかわからない。

 22歳の相良星名が存在していたのかもわからない。


 だけど有馬だけには、きっと見えている。


「ねえ、私、何歳に見える?」

「……22歳。就職先がいまだに決まらない女子大生」

「もっと良いイメージで!」

「……22歳、彼氏を振り回す小悪魔女子大生」

「それって良いの?」


 首を傾げた私に、有馬は「悪くない」と言って笑った。


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