4.PM2:00

第17話 *

 有馬と二人で食べた、ちょっと豪華なランチは、美味しいのかよくわからなかった。いや、もちろん美味しかったのだけれど、慣れない空間のプレッシャーのせいか、その美味しさを堪能する余裕がなかったのだ。

 九つに仕切られたお重の中には、色とりどりの料理が詰められていて、まさに目と舌で秋を味わえるような素敵なものだった。出来ることならSNS用に写真を撮りたかったけれど、緊張のあまりスマホを出すことも出来なかった。


 だけどそれは有馬も同じだったようで、お店を出た直後に彼は「なんか、旨いのかもよくわからないくらい凄かったな」と感想を述べた。私もそれに同意して頷いた。食べている間、会話が弾まなかったのも、二人揃って居心地の悪さを感じていたからだろう。


 やっぱり背伸びは背伸び。

 身の丈に合わない場所での食事を楽しむのは、勢いだけでは難しいらしい。そう考えてみると、大地先輩が連れて行ってくれたお店はいつもお洒落で素敵だったけれど、私は「美味しい」以上の感想を言えていなかった。

 その場の空気に馴染もうとすることに必死で、何がどう美味しいかなんて、考える余裕はなかったのだろう。それってきっと、一緒に居る大地先輩からしたら、面白みのない彼女に見えたのかもしれない。


「大人って、難しいね」


 銀座の街を歩きながらポツリと呟くと、隣を歩く有馬が歩を止めた。だから慌てて顔を上げる。


「ごめん!なんでもない」


 せっかく楽しもうって決めたのに、また先輩のことを考えていた自分を反省する。

 こんなの有馬にも失礼だ。でも有馬も私と歩きながら、アイちゃんのことを思い出したりしているのかな。


「映画、観に行かない?」


 時刻はもうすぐ14時を迎えようとしていた。ブラブラと目的なく歩いていた私たちは、15分ほど会話が途切れていた。だから有馬のその提案も、残りの時間を潰すためなのかと思った。


「映画?」

「うん。観たいのがあって、たぶんまだギリギリ上映しているから。もし相良が嫌じゃなければ付き合ってよ」

「えっと、うん。なんの映画?」

「“ダンサー”ってドキュメンタリー映画なんだけど」


 有馬が口にしたタイトルに、私は目を丸くした。


「それ!私も観たかったやつ!!」


 世界最高のバレエダンサーを呼ばれる一人の男に密着したその映画は、公開前から気になっていた。でも上映しているのは小劇場ばかりだったのと、一緒に行く相手がいなかったので、観に行くのを諦めていた。


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