第16話 *

「え、待って、有馬!て、手が!」

「いいから。俺は買ってあげたい派だから、付き合ってよ」

「え?何それ?」

「だから、彼女へのプレゼントを探す彼氏22歳ってことで。本物の恋人っぽく」


 楽しそうな有馬を見て、彼が演劇部の「話題の人」であることを思い出す。つまり演じろと言いたいのだろうか。

 だけど考えてみたら、今日一日、私たちは自分だけど自分ではない者を演じているのだ。


「じゃあ、お財布を探している設定ね」

「了解」

「でも気まずくなったらすぐに出るからね!」

「わかってる。ちょっと覗いたら、地下でお菓子でも見ればいいよ」


 確かにそっちの方が数倍楽しそうだ。

 掴まれた手を、そっと握り返した私の頬は、また零れるみたいに緩んでしまった。



 それから15分後、私たちは人気の菓子店が並ぶ地下へと続くエスカレーターに乗っていた。結局、憧れのブランドでの恋人ごっこは10分も持たず、二人して足早に出てきた。そんな互いの姿を笑い合いながら、地下で時間を潰すことにした。


「あ、あれ!今日の朝テレビで観た!」

「有名?」

「たぶん」


 沢山の人で賑わう通路を歩く二人の手は、もう繋がれてはいない。だけどその体温だけは微かにまだ残っている。


「ねえ、ご飯はどこで食べるの?」

「この上にある日本料理店」

「……え!?ここの!?」


 だって、こんな場所に入っているお店はどれもこれも高校生の私たちには優しくないお値段だし、そもそもお店に入ることを許されるのかも心配だ。


「最上階は流石に無理だけど、5階のレストラン街なら、ランチはそこまで高くないらしい」

「そうなの?」

「うん。なんか格好もカジュアルでも入れるって姉貴に聞いた」

「お姉ちゃんに?」

「あいつ、こういうのに無駄に詳しいから。昨日の夜に電話して、俺らでも行けそうな店を聞いたんだ」


 当たり前のように言われた言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。こんな無理矢理なデートで、有馬にとっては迷惑でしかないはずなのに、ちゃんと考えてくれていたことがすっごく嬉しい。


「……やっぱり、有馬も張り切ってたんだね」


 嬉しいけど、それをそのまま伝えるのは恥ずかしくて、揶揄うように言ってみると、有馬が不満そうに顔を顰めた。


「仕方ないだろ。誰かさんが大人になるって煩いんだから。また泣かれても困るし」

「それは!」

「文句があるなら聞くけど?」

「文句は……ないけど」

「けど、何?」


 ほらね、やっぱり有馬の方が大人だ。

 全部が余裕に満ちていて、ちょっとずるい。


「……ありがとう」

「ん?」

「色々、考えてくれて」


 拗ねた顔のまま素直に答えると、有馬がまた「やっぱ相良って面白いな」と笑ってくれた。


 ちょっとムカつく。

 でもたぶん、すごく良い奴。


 それを知れただけでも、今日のデートに意味がある気がした。


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