第15話 *

「へー、すごいな」


 その指先が、私の髪を優しく突く。

 なんだからそれが、とてつもなく恥ずかしい。


「あ、有馬も、今日の格好似合ってるよ!」

「ん?」

「カッコいいと、思う」


 もしも有馬も私と同じように、今日の服装を真剣に悩んで、お兄さんの服を借りてきたのなら、ちょっと……いや、だいぶ嬉しい。


「相良に褒められるのって、いいね」

「へ?」

「学校の奴らに自慢出来そう」

「……え、それってどういう」

「行くよ」


 青信号に変わった瞬間、有馬はまた前を見て歩き出した。

 よくわからない。よくわからないけれど、大人っぽくなるように頑張って準備したのは、間違いではなかったらしい。それだけで、なんだか気持ちが軽くなった。

 

 少しは、大人の女に見えているだろうか。

 ショーウィンドウに映る自分と目を合わせると、照れくさくて頬が緩んだ。



 お昼までの時間を潰す為に入ったのは、この夏にオープンしたばかりの複合施設。地下2階から5階までがファッションやレストランのフロアになっていて、さらに最上階にもレストラン街がある。その他のフロアは有名企業が名を連ねるオフィスだ。


 5階まで続く大きな吹き抜けは、建物に開放感を与えるだけでなく、洗練されたラグジュアリーな空間を印象付ける。もちろん出店しているブランドやレストランは、どれも高校生の私たちには不釣り合いな高級店ばかりで、歩いているだけで背筋が伸びる。


「有馬って、こういう所にも来るの?」

「いや、初めて来た」

「だよね」


 有馬の答えに、私はホッと胸を撫で下ろす。


「でも似たような場所は、アイと付き合っている時に行ったことあるけど、だいたい長居せずに出てきた」

「確かに、用事ないもんね」

「そうじゃなくて、ただ俺と歩くのが恥ずかしかっただけ」

「……え?」

「その時はこんな格好じゃなかったし。結構ラフな格好。だから高校生丸出しで、向こうは不満だったんだろうな」

「そんな……」


 そんなことはないと否定したかったけれど、自分に置き換えて考えると、言葉は詰まってしまった。きっと大地先輩も、アイちゃんと同じことを思っていたのだろう。子供っぽい私とだと、行く場所が限られると。


「まあでも、今日は俺ら大人だし」

「へ?」

「相良星名、22歳だろ?」


 そう言った有馬は、私を見ていたずらに笑った。


「有馬だって、今日は有馬類22歳だからね!」

「わかってるって。だからこうやって堂々と歩いてるだろ?」

「うん。そうだよね」


 せっかく大人っぽい格好もしたんだから、堂々と大人ぶらないと意味がない。今日を楽しまないと。


「じゃあ、私はあのお店に入りたい!」


 思い切って指さしたのは、誰もが知っている海外の高級ブランド。雑誌で見る度に、いつか大人になったら財布やバッグを買いたいなと憧れている。


「いいよ。見よう。たぶん相手にされないけど」


 自虐的に、だけど悪ふざけをするように言った有馬に、私までつられて笑ってしまう。


「大丈夫。これは将来の為の下見だから」

「男に買ってもらうの?」

「まさか!自分で買うことに意味があるんだよ」


 自分で稼いで、自分の為に買う。

 そういう女の人って、カッコ良くて憧れる。


 「いい女」


 私の顔を覗き込んでそう言った有馬が、突然手を取って歩き出した。

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