第14話 *

「何?」

「そんなに速く歩かないでよ!私、ヒールなんだから!」


 だったらもっと歩きやすい靴で来いよと、通りすがりの人たちは思っただろう。だけど有馬は、その足で私のいる場所まで戻って来てくれた。


「悪い。考え事してた」

「そうなの?」

「うん。相良と何話せばいいかわかんなくて」

「……へ?」

「手、繋ぐ?」


 あまり表情の変わらない有馬が、そう言って右手を差し出した。柔らかに伸びる五指全てが、子供のころ何かの本で見たベルニーニの彫刻のように綺麗。さっきまでとは違う緊張が、私を襲う。


「あの、違う!大丈夫!」

「ん?」

「手は、恥ずかしいって言うか、学校の子に見られたら困るし……隣を歩いてくれたら、それでいい」


 その手を見ていられなくて、視線を彷徨わせた私に、有馬は「わかった」と返事をした。それから二人並んで歩き出す。こんなにぎこちない私たちでも、傍から見ればカップルのデートに見えるだろうか。


「有馬って、私服も大人っぽいね」

「……これ、ほぼ兄貴の服」


 何か話題を作ろうと、今日会った時から思っていたことをそのまま口にした私に、有馬は可笑しそうな笑みを浮かべた。そういう表情は初めて見た気がする。


「お兄ちゃんいるの?」

「うん。姉貴もいる」

「有馬が一番下?」

「そう。兄貴は大学4年で、姉貴はもう結婚して家を出ているから、滅多に顔を合わせないけど」

「そうなんだ。私も、お姉ちゃんいるよ」

「ああ、そんな気がした」

「……え、なんで!?」


 食い入るようにその横顔を見ると、有馬が私へと視線を下ろす。

 近くで見上げると、本当に整った顔だ。


「服装。相良の私物とは思えないから」

「それって、似合っていないって意味?」


 自分でもそんな気はしていたけれど、有馬にそう思われていたと知ると、一気に帰りたい気分になる。だけど大人びたクラスメイトは、すぐに「違う」と否定した。


「そうじゃなくて、高校生にはあまり必要なさそうな服って意味。だから俺と一緒で誰かに借りたのかなと思っただけで、似合ってないとは思ってない」

「……本当?」

「学校で見るより大人っぽくて、イメージ変わる」

「それって、良い意味で?」

「良い意味じゃないと言わないよ。相良って面白いな」


 教室で視界に入る時は、どこか周りから浮いているような、無気力で淡々とした表情のイメージが強い有馬が、目を細めて無邪気に笑う。こういう顔も出来るんだ。


「面白いって、バカにしてない?」

「してない。むしろ可愛いと思う」

「なっ、何が!?」

「そうやって一生懸命準備してる相良を想像したら、意外と純粋だなって」


 今までまともに会話もしてこなかったから知らなかったけれど、有馬類って男は、恥ずかしいセリフを涼しい顔で言えるらしい。言われた私の方が変な気分になりそうだ。


「意外って、余計だから」

「仕方ないだろ。俺ら、たいして仲も良くないし」

「……それは、そうだけど」

「てか、髪型凄いな」

「へ?」

「いつも思うけど、女子のそういうのどうなってるの?すげえ器用」


 横断歩道で立ち止まった有馬が、複雑に編み込みされた私の髪を、感心したように見下ろした。


「これ、隣の家のお兄ちゃんにやってもらっただけだよ?美容師さんなの。私はここまで器用じゃないから」


 わざわざ朝から押しかけて、デート用に可愛い髪型にしてもらった。

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