2.AM8:00

第9話 *

 「大地先輩のバカ――――!!」



 学校から少し歩いたところにある橋の上に立ち、秋の穏やかな風に揺れる川に向かって甲子園のピッチャーさながらに勢いよく腕を振った私の隣で、有馬類が特に込める想いもなさそうに、ふわりと指輪を投げ捨てたのは、金曜日の放課後のことだった。


 どうしてこんなにも温度差があるのか、納得がいかなくて聞いてみると、そもそもアイちゃんとは一か月前に別れていると、有馬は説明した。


 一か月前に年下であることを理由にフラれた有馬は、それでも彼女のことを忘れられなくて、私が先輩にフラれた木曜の夜、アイちゃんにもう一度会いに行ったらしい。だけど、もう一度やり直せないかと思った彼の願いも虚しく、きっぱり断られてしまったらしい。つまり有馬は、夏から秋にかけて二度も失恋を味わったことになり、話を聞いていた私はまたどんよりとした気分になった。自分だったらと想像したら、苦し過ぎる。


 それでも不思議なことに、当の本人は「そうでもない」と言った。まるで何のダメージも受けていないような表情で、一か月間考える時間があったから、今はすっきりしているとまで言った。そういうものなのだろうか。


 結局、当事者ではない私には、本当のところはわからない。

 でも私と同じように、帰る気にもなれなくて学校で無駄な時間を過ごしていたクラスメイトが、傷ついていないはずはないだろう。だから、その妬ましいほど整った顔を見て「ありがとう」とだけ伝えておいた。

 有馬が居なければ、もっとモヤモヤしたままだっただろうから。貰ったネックレスをどうにも出来ないまま、ただ一人泣きながら帰っていただろうから。

 事情は少し違っても、やっぱり有馬がいて良かったと思った。


 とは言え、気持ちが落ち着けば落ち着くほど、自分がとんでもない約束をしたのだと自覚した。有馬類と。あの有馬類と、デートをする約束をしてしまったのだから。   

 

 想像したら、軽く吐きそうになった。

 だって相手は、あの有馬類だ。



◇ ◇ ◇



 その存在を初めて知ったのは、去年の文化祭。

 同じダンス部の子に誘われて、体育館に観に行った演劇部の特別公演で、舞台に立つ彼の姿を始めてみた。


 演目は『眠れる森の美女』。


 アニメーション映画としても有名なお伽噺を、オリジナルの脚本にアレンジして披露されたそれは、舞台の隅々まで使い歌い踊る華やかなものだった。台本も一般的に馴染みのあるストーリーではなく、バレエの「眠れる森の美女」を意識して作られているようで、ミュージカルとバレエを融合させたような、とにかくインパクトのある舞台。

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