第3話 *
「なんか落ちたよ」
「え?」
「これ、ネックレス?」
身体を起こした有馬が、指先まで計算されつくしたように長くて綺麗な手で、床に落ちているそれを拾い上げた。
見惚れるような動作だと思った。でも次の瞬間には我に返った。鞄から落ちたであろうそれを、急いで有馬の手から取り返そうとした。
「それ、私の……」
「……相良?」
「私の……えっと」
私のネックレスだから、拾ってくれてありがとう。そう伝えればいいだけなのに、言葉が出てこない。それどころか、嫌な感情ばかりが込み上げてきて、私はその場にしゃがみ込んだ。
私の物だと、胸を張って言えなかった。
言葉にしてもいないのに、こんなにも虚しくて惨めで。
「なんかあった?」
たいして知りもしないクラスメイトに情けない姿を見られている現実に、腹立たしくもなってきた。どうしてこんなことになったのだろう。
「なんでも、ない」
「……でも泣いてるし」
「泣いてないっ」
「いや、泣いてるだろ」
「……うううう」
両手で顔を覆ってボロボロと泣き出した私の頭を、ポンポンと撫でるように叩いたのは、他でもない有馬類だ。
「話くらいなら、聞こうか?」
夏休み明けから隣の席に座っていたのに、会話一つしていなかったクラスメイトは、さほど心配もしていなさそうな口調でそう言った。
恥ずかしい。今すぐ穴を掘って隠れたい。でも、その優しさが、上っ面でも嬉しいと思えた。弱っているときは、ほんの小さな気遣いすら心にヒリヒリと染みてくる。
友達には笑って話せたのに。
ふざけるなって怒ってみせたのに。
ふとした瞬間に襲ってくるのは、味わったことのない悲しみだった。子供な私は、こんなにも辛い想いがあることを知らなかったのだ。
「……私、彼氏にフラれたの。マジでダサいよね」
笑えなくて、怒れなくて、出した声は酷く弱いものだった。
◇ ◇ ◇
彼氏にフラれた。
まだ二か月も付き合っていない彼氏に、昨日電話でフラれた。
人生で初めての彼氏で、特別な人だったのに、最後は会ってもくれなかった。
去年の冬から始めたファミレスのバイト。4つ上の大地先輩は大学生で、とても頼りになる存在だった。明るくて優しくて、いつも私を気に掛けてくれて……気づけば好きになっていた。
勇気を出して告白したのは夏休みに入ってすぐだった。先輩が彼女と別れたのを知って、図々しいと自覚しつつも、付き合って欲しいと伝えた。
お洒落でカッコ良くて、バイト先でも大学でも人気者の大地先輩。付き合えることになった時は舞い上がり過ぎて倒れそうだった。
それから一か月と三週間。私なりに一生懸命付き合ってきたけれど、あっけなくフラれてしまった。
私が「大人」ではなかったせいで。
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