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予言する像

予言する像。

とある村の話。鎮守の森の奥の奥に、その像は鎮座している。巨大な角を持つ神様の像。神様の角に触れ、「カンラウ様。カンラウ様。どうか私に授けてください。」と声に出し、二度唱える。唱え終わった直後に、社から鈴の音が聞こえれば『予言』が授けられるという。カンラウ様から授けられた予言は『預言』であり、生涯決して口に出してはならない。


***


 旅の途中、ふらりと立ち寄った観光案内所で特別展示『予言する像』を紹介された。なかなか珍しい展示らしく、次の展示はいつになるか分からない、とまで言われたら見ずに去ることが惜しい気がして、旅の予定にはなかったが折角なので行ってみることにした。

 案内所の地図によると、ここから博物館まではそんなに距離がないようでほっと胸を撫で下ろした。けれども油断してはいけない。なぜなら私は極度の方向音痴で、遠くても近くても十分に迷う可能性がある。そんな私が博物館までの道順を何度も何度も指でなぞって確認していると、観光案内所の職員さんが親切にも同行してくれることになった。

 職員のラオさんは明朗快活な方だった。私が旅をしていると言うと、博物館への道すがらこの国の特色やおすすめのスポット、お手頃価格で美味しい飲食店などをたくさん教えてくれた。ラオさんは話上手で、和気あいあいと言葉を交わしているとあっという間に目的地に到着した。

 博物館で受付を済ませ、名残惜しいがラオさんともここでお別れかと思っていたのだが、なにやら受付の人と談笑したのち私の隣に戻ってきた。どうやら館内も案内してくれるらしい。なんと心強いのか。旅の醍醐味は出会いだね、と私たちは互いに笑いあった。


 目的の展示物は館内の少し奥の方に置かれていた。予言する像。それは、角の欠けた神様の像だった。

 材質は木。長い年月を経た独特の風合いと滑らかな質感が相まって、まるで生きているかのような柔らかさを感じられた。緻密に彫り込まれた絢爛な装飾具の数々はこの像が特別な存在だと物語っていた。

 なにより目を引いたのはこめかみ辺りから生えている角だ。元々あったであろう右の角は完全に砕け落ち、左の角もその大半が失われていた。しかし残る痕跡から今は無い角がいかに巨大であったかを簡単に思い起こすことが出来た。私はその展示に惹き付けられるように、ゆっくりと歩き出した。

 神様の像の目の前に立ち、そろそろと目線を上げる。視線がかち合った瞬間、ぞくりとした。見据えられている。見透かされている。ガラス越しでも感じる圧倒的な迫力に私は一瞬で呑み込まれた。息をすることすら後ろめたくなるほどの神秘性。かちりと合わさった視線をこちらから外せば、なにか罰が下るかもしれない。そんなことはありえない、と頭では分かっているのにどうしても目を逸らすことが出来なかった。もしラオさんが声をかけてくれなかったら、しばらくその場から動けなかっただろう。

 ラオさんは少し離れて像全体を観てみるといいと教えてくれた。私は言われた通り像から距離を取り、受付で渡されたリーフレットを開いた。

 『予言する像 カンラウ様』の説明文によると、像の真正面に立って見上げると、ちょうど視線が交わるようになっているらしい。更に読み進めると、二百年ほど前に村の若者がこの像の角を砕いたと書いてあった。

 私はその説明文を読んで驚いた。こんなにも立派な文化財を、どうして砕く必要があったのか。口には出さなかったがどうやら顔には出ていたらしく、ラオさんは私の方をちらりと見てから口を開いた。


 きっと、予言に縛られる人々を見るのが嫌になったんでしょうね。そう言ってラオさんは明るく笑った。

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3000字以内の短い小説 花踏 芽々 @hanafumi

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