第12話

『えっと、じゃあ右にゆっくり動いてもらって』

「ん?」

『いいっていうまで動いてください』

 部下と鯉村も倣う。浜辺は遠目に観察していた。嫌な予感がする。

『そこです。そこで止まって』

「おう」

 隊長は中央から右に三歩のところでピタリと止まった。

『そこをドリルで削りまくっちゃってください』

「おいおいおい、ちょっと場当たりすぎないか、大体壁を削ったところでロックを解除できる保証はないだろう。この部分だって他と何も変わらないし」

 鯉村が反論する。

『やってみるしかないでしょう。そこから電波が大量に漏れてる』

「それこそドリルでボディが傷付いたらダメなんだろ? 一か八かの爆破でやったほうが効率いいんじゃないか。火薬も調節できるから」

 隊長も応戦する。

「我々の中で揉めてる場合ではない。浜辺代理人、鯉村代理人、手伝え。隊長も今は長嶺に従うしかない。国家の安全がかかっていることを忘れるな」

 いつものように会沢が諭す。

「……本当にそこで合ってんでしょうね」

『保証する。電波はそこから出てる。頑張ってください』

「やれやれ……」

 かかしがドリルをたくさん持ってくる。各自電源を入れる。

「ここで……合ってるよな」

 逐一確認しつつ壁に穴を開けていく。

 先端が勢いよく回りだし、穴から大量に粉が噴き出す。石の匂いが数倍きつくなる。意外なことに数分で貫通して空洞に差し掛かった。

「あん? 壁の奥は扉じゃねえのか。空洞になってるぞ。おい、長嶺」

『ちょっと待ってよ、そんなはずない。電波の出力方向的に奥が空洞のはずないよ』

 かかしがこぞって穴の中を見る。

「ライトを」

 照らしてみると確かに空洞だ。中に扉らしき物は見当たらないが赤く点滅する何かがある。

 浜辺の中で嫌な予感がどんどん膨らんでいく。

「みんな、離れて!」 

 何人かは振り向くが隊長や大多数は穴の中に何があるのか知りたくてたまらない。鯉村と会沢も後退りする。

「お願い、嫌な予感がするの」

 インカムを触る。

「長嶺さん。電波の種類とかって分かりますか」

『というのは……?』

「だから……あの、携帯電話の電波のタイプだとかアナログタイプだとか」

 稚拙な説明でもすぐに理解してくれた。

『なるほどね、調べるよ。調べるってかモニターに映ってるの見て考えるだけだけど』

「急いでもらえると嬉しいかな……」

『あぁ、ごめんごめん』

 能力は申し分ないが緊急時なのでお喋りは謹んでもらいたいものだ。

 隊長を見やる。

 先輩後輩は関係ない。彼らは枯柴を甘くみすぎている。ファイルを読んだだけの初日の新人だということは分かっている。しかし彼の話術に、相手をひきこむ手管。誘拐の手法や誘導の鮮やかさ。今までの凶行に比べれば子供のいたずらのようなものだが実際に見たのと見ていないのでは訳が違う。命を無駄にしたくはない。

『浜辺さん……分かったんだけど驚かないでね?』

「はい」

『C4爆弾だよ。爆弾。そこからガソリンに繋がってる。早くそこから逃げて、全員死んじゃう!』

「やっぱり……」

「全員離れろ!」

 鯉村が力一杯叫ぶが

 熱風、体が宙に浮く。瞬間的に音が無くなり真っ白になる。全てやり直せる。何度でもできる。何も終わらない。全てはもう一度始まる。

 白、真っ白。その次に赤とオレンジ。次に黒。焦げ臭い匂いがあっという間に広がる。

 違う。音が無いのではない。聞こえないのだ。耳鳴りがする。今まで経験したものの中で一番大きい。スローモーションが終わる。

「ああああ!」

 浜辺は地面に叩きつけられた。ポーチに火が付き、予備のマガジンから火薬が暴発する。

「あち、あっち、あちちち」

 急いでポーチを破り捨てる。火はあっという間に消えたが防護服に燃え移っていた。熱さを全く感じないせいで足が焼けているのに気づかなかった。急いで消そうとするが手に燃え移る。防護服が火に弱いということを思い出した。脱がないと焼け死んでしまう。これでは渡された偽装の記録と同じになる。

 一か八か脱ぎ捨てて近くの水源へ投げる。ジュウという音と共に黒い炭だけが残った。

 何もできない。インカムも壊れて誰の声も聞こえない。頭が痛い…………脳震盪だろうか、吐き気がする。

「うっ……」

 涙越しに地面が汚れていくのが見える。

「うっ、こいむら……鯉村さん……」

 鯉村の体が燃えている。大きな体を抱き上げるが支えきれず倒れる。防護服の繋ぎ目が燃えている。地面に押しつけることで多少消火できたが今まで無事だった背中に燃え移っていた。鯉村のポケットに入っていたダマスカスナイフで思い切り刺す。黄色い素材がビリビリ破れていく。鯉村の体をかすめとって防護服を水に浸ける。会沢本部長の姿は見えない。

 洞窟を見やる。爆風の煙たさが夜の暗さに拍車をかけていた。この奥に枯柴がいる。しかしここには怪我人も大勢いる。爆破された壁の奥は確かに核施設のようだったが隊長とかかしは全滅した。待機していた突破班も作戦を中止したはず。このまま進めば確実に殺される。というかその前にショック死する。

――自分のことよりも他を優先しなさい。

 男の声がする。

 聞き覚えのある声。幼い日の記憶。そうだった。人生の節目において何度も思い出してきた声だ。いなかったはずの父親の声? ずっとそう思っていた。しかし今頭に響いている声は枯柴のそれと重なっていた。誰のことも考えず、主義も主張もなく、いきなり自分に近づいて仲間にいらぬ疑念を抱かせた犯罪者。オリジナルの声はみるみる悪人のトーンを孕んでいく。

 一流犯罪者の素質がある。天性の才能がある。声にならない雄叫びをあげて転がっていた銃を二丁拾い上げ、ウエストに挿す。パンツの中に手榴弾を隠しライフルを背負って、ショットガンを担ぐ。目指すは洞窟の中だ。

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