第8話
黒いバンは議事堂の反対方向へ走り、民間の飛行場の前で停まった。バンは業者へ引き継ぎ、麻袋を被せた片宮の両肘を掴んで、ジェットのエアステアを歩かせる。中へ座らせる。ボスに挨拶して外に出る。
スーツにベージュのコートを合わせた女が合図を出すと離陸する。
女が結束バンドと麻袋を取る。ワックスで決めた髪型がぐしゃぐしゃになっていた。
木彫りの椅子がくるりと回り、座っている男がこちらを向く。
「はあ、はぁ……こんなことしてただで済むと思うなよ。枯柴」
苦しまぎれに脅しをいったつもりだが挨拶と捉えられたらしく
「いや、こちらこそよろしく片宮さん。軽く添乗員の紹介をしておこう」
陽気に話し出す。
「私は枯柴朋邦、地球上に存在しうる全ての空港で手配者リストに載っているがためにプライベートジェットを買うことになったかわいそうな男だよ」
「自業自得だ」
「まあだ終わってないぞ? 彼女は冬美、趣味が陶芸だってね」
女が奥歯で笑いを噛み殺す。
「……ふざけるのもいい加減にしろ!」
怒鳴りつけるた。逆効果でしかなかった。
銃を抜いて突きつけてくる。
「ひっ……」
人相が変わる。老獪な策士だったが、今は完全な悪党だ。楽しい飲み会の後に死体を処理するような男に見える。
「大声を出されるのは嫌いでね」
銃身が稲光を受けたように光った。獰猛な動物が歯をガチガチいわせている。
枯柴は立ち上がる。スーツの上からローブを着ていて肘の辺りから布が垂れている。今まで殺してきた者の亡霊に見えて震えが止まらない。
「な、な何が望みなんだ」
「簡単だよ。例の『最寄駅』のパスワードを教えてもらいたい」
「なんだと……教えられるわけがない。あれは国家機密の最上級みたいなものだ……テロリストに教えたとなれば私の首が飛ぶ」
「物理的に飛ぶよりはマシだろう?」
「分かった……だ、だが私を殺さないという保証は、あるのか?」
枯柴は銃を撫でながら微笑んだ。
あと六時間しかない。部署にいる全員が思っていることだった。枯柴が起こすと宣言したからには悲惨なものには間違いない。しかし奴は「犯罪史に残る」ともいった。実際に起これば悲惨なんてものじゃない。さらに悪いことにヘルファイヤーミサイルを核でコーティングしている。それも何機も。そうなればもはや言葉では表せない。
鯉村が机を叩きながら
「結局片宮はさらわれた! いつもの通り奴らにはめられたんだ」
「いや、僕にも責任はあります。きちんとサポートできていれば……」
「責任を感じ合っている暇はない。兎にも角にも片宮の所在をつきとめなければ。何としてでもだ」
会沢が宥めるが鯉村の血気盛んがここで収まってくれるはずがなかった。
「そもそもあんただ」
浜辺を指差して叫ぶ。
「あんたがトンネルに入っても追跡できるっていうから俺はあのまま中に入ったんだ。あんたが誘導したんじゃないのか。枯柴たちのために」
「だから、私はミッドナイトの仲間じゃありません。お言葉ですけどあなたは私を枯柴の内通者として怪しんでいるという名目で個人的な感情を介入させているように思うのですが」
「その可能性の方が高い。俺の個人的な感情を差し引いてもだ」
「二人とも落ち着くんだ」
「落ち着け?」
後ろから悲しみを押し殺したような声が聞こえる。三人が振り向いた時、多坂が膝を合わせて喋り出す。
「全国一位の指名手配犯で国際テロリスト、連続殺人犯。そんな社会的脅威を抹殺できる絶好の機会なのに落ち着けと? それだけならまだしも内通者かもしれない女が目の前にいる。無惨に死んでいった兄弟や両親の顔を思い出すなと? 銃を構えて仲間とケラケラ笑ってたサングラス越しの奴の目を思い出すなと?」
多坂の目頭が赤くなる。拳を強く握りしめながらうなじを触っている。彼女の言葉を聞いた二人は少し罰が悪そうによそ見をする。
長嶺はモニター越しに多坂の目を見る。
フィルムのようだ。過去がグルグル回っている。血と悲しみにまみれたフィルムだ。
落ち着きを取り戻した鯉村が話し出す。
「分かった……じゃあ問題を整理しよう。長嶺、頼む」
長嶺がタイピングするとディスプレイにカメラ映像や顔写真が並ぶ。
「枯柴はテロを起こすと我々に教えヒントから金庫番を捕まえた、死んだがな。それと東京支部が個人の飛行場周辺のバンから誘拐犯一味を逮捕した。これが枯柴のいってたことの一つ。『私の友達が大勢捕まる』だ。しかし指紋から何まで未登録の物ばかり。未解決事件に照合したら六件中五件が一致。今は刑務所で裁判の手続き中。遺族は浮かばれるが片宮が死んでる場合、浮かばれない」
「飛び立った飛行機の情報は一切見つかりません。記録も、衛星にも映ってない」
行き詰まっている。普段は決してあり得ないことだが解決には一つも向かっていない。
枯柴絡みの事件はここ七年で今日が初めてだから無理もない。七年前からいる職員にとっては唯一の停滞経験となる。
「……古典的な方法ですが、可能性はあります」
浜辺に視線が集まる。
「どういうことだ」
「収監されている奴の仲間と話すんです。そうでなきゃ、事件に関連した人間と」
「……わらをもつかむような方法だが効果はありそうだな」
「囚人をリストアップする」
「僕は手伝うよ」
「よし、リストを浜辺に送ってくれ。浜辺、牢獄の場所は分かるな」
「行ってきます」
エレベーターのボタンを押す。
「浜辺……」
会沢に呼ばれて振り返る。
「……気を付けろ。収監中とはいえ奴の右腕だった者たちだ」
「分かってます」
ドアが閉まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます