第7話

 片宮は予定通りなら国会に出席する。防衛省は半年近く前から軍事的法律の一部の改正を提示していた。初めて国会での議論が決まってみな気合が入っているようだ。入検問所からでも見える。高いスーツを買う金はあるがカミソリを買う金はないようだ。

「公安四課です。誘拐について」

 鯉村が身分証を見せる。警察官は納得したように二人を通す。結社団が対象を保護する時は基本的に政府機関の名義で通る。

「片宮京一郎さん。少しこちらへ」

 鯉村が誘導する。

「何だね君たちは」

 片宮は怪訝そうに距離をとっていた。  

 「これからいうことは極秘ですがあなたが誘拐されるという情報が入りました。危険なので保護します」

 浜辺が説明する。

「何だって……」

「こちらへ」

「くそう、今から私にとって今世紀最大の会議が始まろうというのに誘拐だって?」

「枯柴朋邦ですよ、片宮さん」

 議事堂の庭へ出たところで真相を明かす。

「指名手配一位の男か?」 

 浜辺が首を折る。

「ならゆっくりしている暇はないだろう」

 三人は足早に駐車場へ行く。バンの後ろに片宮を乗せて出発する。隣にカローラが止まった。



「失礼、公安四課の高松です。片宮さんはいらっしゃいますか。こっちは三鷹」

 鯉村が偽の身分証を検問に見せる。浜辺も倣う。結社団が危険の迫っている人物を保護する時は状況に応じて機関の職員を名乗るのが恒例だった。

「え? さきほどあなたたちが連れて行ったじゃないですか」

「何?」

「誘拐があるからとかって」

「そいつらは俺たちじゃない!」

「でも、顔はあなたたちでしたよ」

「変装だよ。少しは頭を使え!」

 二人は走り出す。浜辺は駐車場、鯉村は庭の周りを。さっき浜辺がカローラを停めた時出ていくバンがあった。もしかしてあれが、いや状況的にも証拠が少ない。浜辺は携帯で長嶺にかける。

「長嶺さん。カメラの映像見れますか。議事堂に接している道路と、議事堂の中の」

『全然オッケーだけど、タメ口でいいよ。僕は先輩って柄じゃないし』

「あぁ、じゃあその中から黒いバンを探してもらえる?」

『オッケー……あった。黒いバンだ。丁度君たちが駐車場へ入って行った時に出て行って東京高速道路へ向かってる。待って、片宮さんと一緒だ』

「ありがと」

 携帯をしまう。

「鯉村さん!」

「高松って呼べよ。怪しまれたら……」

「私たちが入っていくのと同時に出て行ったバン。片宮を連れて東京高速道路へ向かってる」

「何、それじゃ早くしないと……」

 二人はカローラに飛び乗って高速道路へ走り出す。

「長嶺、奴らの位置情報をカーナビに出るようにしてくれ」

『カーナビじゃなくてカーディスプレイね』

「早く!」

『あぁ、はいはいはい。ええと』

 ディスプレイにバンの位置が映る。

「すぐ目の前にいる。三つ前のバンだよ」

 近づくと向こうも気がついたようで離れていく。

『左折した。五号線に切り替えて上から行った方が早い』

「おっけ」

 鯉村のハンドルさばきで思い切り二台を抜かす。

『衛生映像を送るよ』

 画面が切り替わり、空からの映像になる。

『ナンバーはこれ』

「長期的な戦いになる。追跡しながら指示してくれ」

『お米も炊いてあげるよ……』

 長嶺がスーツのジャケットを脱ぐ。

「…………」

 もう何回信号無視したことだろう。これが法に触れるやばいこともやるというやつか。ミラーに映る他の車がただの光源にしか見えなくなった。

『次の信号で南下して。向こうは諦めたと思って油断してる。そこ! 反対からは誰も走ってこないから全速力でぶつかって』

「得意技だ……」

 思い切りアクセルを踏み込んで正面とディスプレイを行き来する。絶妙なタイミング。

バンは木に叩きつけられ歩道に突っ込んだ。

植木をなぎたおし、歩行者が悲鳴を上げて避けるのなんて気にせず突っ走っていく。

「野郎……」

 負けじと縁石を隔てて並走する。

『ちょっとお? 問題発生。この先トンネルだから見失っちゃうよ』

 ハンドルを切ろうとする鯉村に

「大丈夫、衛生で追跡できる」と浜辺。

 トンネルを激走すると奴らと別れるが衛生にばっちり写っている。

『向こうもトンネルに入ってくよ。待って、今君らがいるトンネルに入ってく』

「何いってんだ長嶺」

『トンネル長くて気づかなかった、ごめん。車のカメラに切り替える。ディスプレイのナンバー判別機能をオンにして」

 浜辺がパネルを触る。ディスプレイに走っている全ての車のナンバーが強調される。奴らのナンバーが奥で赤丸に囲まれている。

「奥だ。停まってるぞ」鯉村たちも傍に停めて銃を抜く。

「両手を上げて出てこい!」

 ドアを叩く。応答はない。

「鯉村さん」浜辺が運転席を指す。

「誰もいません……」

 鯉村が勢いよくドアを開ける。走り去っていく車。風とガソリンの匂い。鯉村がインカムに手を当てる。

「バンが乗り捨てられている。やられた」

 長嶺は即座にタイピングしてトンネルのカメラ映像を検証する。

『ほうらね。トンネルに入る直前、バンの前に同じ車種のバンが走ってる。恐らくその位置で交換したんだ』

「しかしそんな早くできるか」

『それがミッドナイトマジックだろう』

「そのバンを追跡できるか」

『いやぁーちょっと難しいね。それというのはナンバーにシールが貼られていて見えなくなってるんだ』

「トンネルから出た時にカメラに映ってないか」

『それが風が吹いてうまい具合に隠れてた』

「風なんか吹いてた?」

『可能性としては低いけどそれすらも枯柴が仕組んだのかもね……』

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