第6話

「会沢さん! テロの全貌が分かりました」

「報告してくれ」

「今まで使われた金は巧妙に洗浄されており今まで足がつかなかったのも納得できます」

「長嶺!」

「すいません……」

 タイピングする。

 モニターに銀行口座がいくつも映し出される。

「二ヶ月前ロシア経由の口座に五千万ドルが振り込まれました。何を買ったかというと」

 エンターキー。

「六機のヘルファイヤーミサイルです。その直後、五千万ドルが口座に戻りました」

「どういうことだ?」

 会沢が頭の後ろを掻く。

 多坂がモニターを指差す。

「振込先の口座を詳しく調べたところミサイルを売ったのはロシアの過激派『エバーフドゥリンカルテル』金を払った後グループを壊滅させを取り戻しました」

 何とも残酷なやり方だ。長嶺が心もとない顔をする。

「よし。セクション六に頼んでターゲット候補を絞らせろ。長嶺、スペツナズに連絡。ミサイルを追跡しろ」

 唾を飛ばしながら会沢が指示を出す。その時エレベーターのドアが開く。連絡係の女が歩いてくる。

「会沢本部長、ちょっと」

「どうした」

 女は辺りを憚って階段下へ手招きする。

「何なんだ。何事なんだ」

 ただでさえ緊急事態の上、呼び出すのだから相当な急用に決まっている。もし書類届けに来ただけとかならば叱ってやるつもりだ。

「浜辺代理人が戻りました。念の為取り調べ室で監視していますが……」

 本当に急用だった。

「なんだって、無事なのか」

「はい、信じられませんがかすり傷一つありません。本人に訊いても何もされなかったといっています……」

「全員取り調べ室に移動しろ」



「確かに浜辺代理人だ。ほっとしたよ」

 長嶺が安心したようにマイクを外す。

「これでいよいよ深まりましたね」

「何がですか?」

「彼女がミッドナイトの内通者だっていう疑惑が」

 雰囲気が暗くなった。

 みな薄々感じていたことだが見ないようにしてきた。初日に枯柴に指名され、現場で金庫番を見つけて誘拐された。その後何事もなかったように帰ってきた。偶然としても脚本としても出来過ぎだ。怪しまない方がおかしい。

 多坂は長い黒髪の上からうなじを触った。家族の顔が思い出される。自分は奴を殺さなければならない。奴の仲間も然り。タイピングする指に力が入る。

 浜辺はマジックミラーの奥でポリグラフに繋がれている。今からテストをするのだが初め枯柴に指名された時にすべきだった。

 鯉村がマイクをとる。

「浜辺代理人、まずは無事で良かった。しかしこうしていることを決して悪く思わないでほしい」

 浜辺は天井のスピーカーを睨みつける。

「ポリグラフなんて意味ない。あなたたちは私が彼の仲間だと思ってるんでしょうが私は絶対にそうじゃないしそう思われたくない」

 浜辺のいうことも最もだ。しかし今は一人のお気持ちよりも国家の安全を優先するべきだ。

「ああ、確かにそうだ。疑ってる。だからこそはっきりさせたい。逆にこれで白ならもう疑うことはしない。誓うよ」

 感情を込めてマイクに語りかける。

「こんなの時間の無駄です、誘拐された時枯柴は……」

「よし、じゃあ最初の質問だ」

 何をいっても無駄なレスバトルが続くだけなので強制的に始める。不満そうな浜辺の顔が見ないでも分かる。

 鯉村の合図で長嶺と多坂がインターフェースと心電図をセットする。平常時の平均は七十から八十ほど。至って普通だ。

「人を殺したことはあるか」

「……いいえ」

 心電図はただの一ミリも触れない。他の数値も一切変わらない。

「有罪になったことは」

「いいえ」

「人を憎むあまり殺意を抱いたことは」

「……はい」

「今日以外で枯柴に会ったことが?」

「いいえ」

 今までの答えは本当だ。嘘の要素が何もない。長嶺は少しホッとしたように唇を触る。  

 多坂は沈んだ表情で厳しくモニターを見ていた。悲しそうな目をしている。

「枯柴が君を指名した理由を知っている?」

「いいえ」

「枯柴はこれからも君に会うと思うか?」

「いいえ」

「枯柴のせいで被害を被ったことがある?」

「いいえ」

「枯柴に見返りを与えられたことは?」

「いいえ」

「率直に聞く。枯柴朋邦、指名手配一位の国際テロリストの、仲間なのか」

 固唾を飲む。

「いいえ」

 不思議な感じ。こっちはこんなに緊張感を持っている。彼女の言葉を待つ数秒間、死刑宣告を待つような恐ろしい空気が生まれる。しかし彼女は淡々と答える。感情を込めずにただ事務的なやりとりとしか思っていない。どこか寂しい。彼女が枯柴の内通者なら尚更だ。

「分かった。じゃあ君に個人的な質問をしよう」

 鯉村が鼻の上を押さえながらいう。

「ご両親のことは、ご両親は君を誇りに思っていると思うか」

「……いいえ」

 ポリグラフが大きく揺れた。動揺している証拠だ。眉一つ動かさないが相当動揺している。

「どういうことだ……」

 鯉村は思い付いたように笑みを浮かべた。

「ご両親は優しかった?」

 またポリグラフが揺れる。

「はい……」

「ご両親は生きている?」

「…………いいえ」

「お父さんもお母さんも?」

「……はい」

「ご両親に前歴は?」

 また揺れる。嘘をつく兆候が見られる。

「……いいえ。あの、お言葉ですがまだ続けるおつもりですか? それよりも枯柴は私に誘拐計画について話しました。防衛省の片宮氏を誘拐するといってました。核ミサイルを動かすには彼が必要だと」 

 言い逃れの言い訳という可能性もあるが一旦は話を訊こう。

「何?」

「核ミサイル?」

 長嶺が呟く。

「核ミサイルってなんだ」

「枯柴がテロのために用意したんです」

「金の流れを調べたがヘルファイヤーミサイルだった」

「だとしたら枯柴が直々にコーティングしたんです、我々が着き次第計画が動き出す。でテロが発生するまでは十時間。できるだけ早く行かないと間に合わない!」

「分かった。護衛を派遣する」

「それだけでは不十分です、現に滝沢を毒殺したかかしも奴の手下でまだ見つかっていない。私も行きます」

「…………どうしますか」

 鯉村が訊く。

「……彼女の言う通りだ。我々の警護が甘かったせいで手がかりを失った。多坂、支部に連絡して検問所を設置、非常線を貼ってが入って来れないようにしろ。大至急だ」

 会沢が遺憾の意で了承する。

「……分かりました、浜辺聞こえるか。今から東京へ行く。一緒に来い」

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