第5話

 麻袋を取られる。公安にいた時も危険はあったが今回は次元が違うとすぐ分かった。顔は見えないが目の前に男が座っている。見たことのある豪華な椅子。脚を組んでいる。

 高そうな靴。ジョンロブかしら。カフスも見えるしネクタイは赤色っぽいが照明の光を受けてえんじ色に輝いている。ストライプスーツによく合っている模様のネクタイだ。あったかそうなコートまで。

 周りを見る。恐らくどこかの倉庫。人里離れた田舎の、誰にも見つけられないような場所だろう。かなり広いが男の座る椅子以外何もなかった。冷たい空間。後ろも真っ暗、左右も真っ暗。

 誘拐のお約束。椅子の後ろで手が束ねられている。

「動かしてみろ。縛ってないから」

 聞き覚えのあるバリトン。顔が見える。

 若造だ。身代わり、影武者、手下。情報と照らし合わせれば本人そのものだ。しかし記憶の中の指名手配ポスターとは一致する。四十代のはずだが外見は完全に二十代前半、同い年にも見える。

「この椅子いいだろ、九十五年にイギリス王室から家具がワンセット盗まれた。それを盗んだ人間から盗んだんだ」

「自己紹介をしたらどう?」

 男はケラケラと笑い出す。

「ははは、極力無駄を省きたい。そういう人生だったしそれが正しいとも思っているからね。だが効率だけを求めれば人生はつまらないものになる」

「つまり」

「私の名前は枯柴朋邦。好きなものはお茶と銀行強盗。趣味は犯罪の仲介に、トランプ遊び。こんなところかな?」

「思ったよりも賢くないわよね。そんな見た目じゃ影武者だとバレバレよ」

 挑発してみると唇を歪に曲げる。意外と子供っぽいところもあるのか。それとも演じているだけか。

「見た目には気を遣う方だ。裏社会には不可能を可能にできる人材はごろごろいる。私も彼らの客の一人、ここでいう不可能とは若返りのことだ」

 信じられない。信じなくても良いのかもしれないが彼の言葉には妙に説得力があった。本物だとしたら今まで二十年裏社会を渡り歩いてきたのだから当然だろう。

「あなたが本物だと信じろと?」

「是非そうしてほしい。私は本物だ」

 屈託のない笑顔。自分の立場分かってるのか? 

「それはどうかな? 君は自由に動けるが銃はない。それに格闘技は苦手だろう?」

 図星だった。

「少しお喋りしないか」

「初日だけどあなたのしていることの残酷さは理解できる。私にはあなたを逮捕及び抹殺する権限があり、あなたがそれによって身体的、精神的苦痛を伴ったとしても私は一切の責任を負いません」

 これ見よがしに挑発してみせる。

「ははは、そのセリフはもう何百回といってきたことだろう。私も昔はお国の忠犬だったよ」 

 効果なしか。近所の子供を相手にしているようなトーンが消えない。腹が立つ。

「私を舐めないで」

「ただ君に分かってほしいだけなんだ。着物友達は本気で私を殺したいか捕まえたいかしたいはず。しかしそうなれば君の追い求めてきた答えが聞けなくなる」

――追い求めてきた答え。

「動揺しているようだな」

 見抜かれている。

「はったりかもしれない。あなたは人心掌握のプロよ。どうして私をさらったの枯柴。こう呼ぶべき? ミスターミッドナイト」

 嫌な予感がする。完全に閉ざされているはずなのに寒気がする。冷たい風が肌を刺す。

 真剣な眼差し。何か重大なことが始まるだろうことはすぐ分かった。

「……金庫番は見つけたか」

「ええ、でも死んだ。あなたの差金でしょ。お世話になった仲間への恩賞が苦しみを伴う死? あなたのファイルを読んだ。あなたは友達を大事にするはず」

「彼は浮気相手に利益の一部を横流ししていた。彼は非常に女好きで? 私も女は好きだが彼はやり方が下手だった。騙されて散々搾取された。その上私を巻き込んだ」

「その代償?」

「比較的小さいがね」

「私の部下が片宮京一郎を誘拐する」

「防衛省の? いつ」

「彼は三時間半後に国会に出る。君たちが現地につけば? 部下が向かう」

「馬鹿にしないで。誘拐なんてさせない」

「君にはどうすることもできないよ。今頃長嶺くんが金の流れを徹底的に洗っているはずなので? いずれいくつかの核兵器にたどり着くはずだ」

「核ですって?」

「動かすために片宮が必要だ」

「どこを攻撃するの」

「それは教えない。ゲームの意味がなくなってしまうから、私は行動する前に必ずヒントを与える。君たちはヒントを基に捜査する」

「…………」

「迎えをよこそう」

「え?」

 また麻袋が被せられて意識を失った。今回は眠るまでに時間があった。その間、指名手配二位の浜辺聡一と枯柴のいっていた追い求めていた真実が結びついて新しい疑問が生まれた。

――父親は誰か。

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