第4話
秋田
結社団お抱えの覆面特殊部隊「かかし」はビルの全ての入り口を押さえた。
かかしは大日本帝国時代から存在する陸、海、空軍のエリートばかり集めた特殊部隊で諜報活動のサポートや踏み込み戦術で多く活用されてきた。敗戦後一時解散したものの結社団が起用する運びとなった。
会沢たちはバラバラになって三階へ向かった。浜辺は鯉村と、一緒に階段で待機していた。かなり上の先輩に何を話せば良いのかと思っていたら向こうから話しかけてきた。
肩幅に比例する経験の多さ。インカムを触るタイミング、自信たっぷりの歩み。相当な修羅場をくぐってきたと見える。
「枯柴に指名されてるって?」
いわれるだろうとは思った。
「はい」
「一目見て分かったよ。確かにあんたは只者じゃない。道中でファイルを読んだ。埼玉公安委員会では暴力団を二つも挙げたそうじゃないか」
「ありがとうございます」
「だが俺はあんたが内通者じゃないかと怪しんでる」
ストレートな男だ。変化球は苦手なタイプだろう。
「え?」
「結社団には、というか政府機関にも奴の友達がたくさんいる。先のスパイ狩りで減らしはしたがまだまだいる。多分ここにいる連中みんなそう思ってるだろうな」
「私は内通者なんかじゃないですよ」
『踏み込みまで三十秒』
無線が伝える。
「俺もそう祈ってるが俺は枯柴を五年追ってる。奴の手の内はここの誰よりも知ってるつもりだ。だからこそあんたを……」
『行け』
鯉村はため息をついて、「行くぞ」と促した。
――三○一、三○二、三○三
「ここだ」小声で鯉村が耳に指を当てる。
鯉村がドアを蹴破って銃を向ける。二手に分かれて部屋の中を探す。浴室を確認、物置の扉を開ける。誰もいない。奥のリビングも同じ。机の上には酒とつまみ、ペンと大量の書類に紙幣。後ろから真っ黒に武装したかかしも入ってくる。
「誰もいないぞ、証拠には触るな」
「待って」浜辺が反対を向く。パソコンが目に入る。
「おい何してる」
「監視カメラの映像よ、奴の金庫番は私たちがここに来てることを知ってた」
「……」
「私たちが踏み込むまでかなりの時間があった。証拠を破棄する時間もあっただろうけどそうしなかったのはできなかったから……」
浜辺が何かを探すように辺りを見回す。鯉村も倣う。
ソファに手を入れる。彼女の手が掴んでいたのは紫の下着。鯉村は全てを理解したように後ろのふすまを破る。
「分かった、やめてくれ。頼むから乱暴はやめてくれ」
案の定情けない顔をした上裸の男がいた。隣にはシーツで身を隠している女もいる。
「出てこい」
かかしの隊長、村木が身柄を拘束する。
「鯉村さん」
「どうした」
浜辺が机の上を指す。
「グラスが三つ。まだ仲間がいるかもしれない。探してきます」
「ああ、気をつけろよ」
浜辺はグラスの位置から立ち上がった時にどこに隠れるかを検証し始める。焦っているなら賢明な判断はできない。安易に隠れられる場所、それでいて確実に見つからない場所を探すはず。隠し部屋などがあればなおさらだ。もしこのビルが枯柴の持ち物なら作ることは容易い。枯柴は仲間に破格の見返りを与えることで知られている。そうすることで帝国を拡大してきた。
不自然にへこんだ壁に手をかけて力を入れてみる。ビンゴ。
狭い通路。人の気配がする。逃げている。銃を構える。少し開けた場所に出た。相変わらず真っ暗でよく見えない。ポケットから懐中電灯を出そうとした瞬間、薬物の匂いがした。口にハンカチが押し当てられる。目を手で覆われ、銃が取り上げられる。右に動く。
ぼーっとする頭で最善の策を考えようとするがどれもできそうになかった。指の隙間からかすかに光が見えた時、意識が落ちた。
「長嶺、分かったか」
鯉村が鼻息荒く問う。
「はい。彼の名前は滝沢成宏。裏社会では名の知れた会計士です。元はフリーランスでしたが五年前からの記録は皆無です。恐らくは枯柴に雇われたのでしょう」
ディスプレイに前歴と顔写真が映し出される。
「部屋には至る所に隠し扉があった。どこに行ったのかまるで分からない。どうして単独で行動させたんだ。優秀とはいえ初日なんだぞ」
「俺のミスです。絶対に見つけます」
鯉村が乱暴に椅子に座る。
「全てのルートと付近のカメラを調べましたが目ぼしい物は何も」
多坂が右のディスプレイにカメラの映像を映す。
「とりあえず奴に吐かせてくる。浜辺の行方も分かるかもしれん」
鯉村は腕まくりをしながらインカムをはめる。みんなでエレベーターに乗ってボタンを
押す。「重要指名手配犯担当班」は結社団の部署の中でもかなり深い地下に位置しているが取り調べ室はもっと深い場所にある。多坂はまだ取調室に行った回数が少ないので、長い廊下を歩く度によくこんな深くまで開拓されているなと感心する。
長嶺たちはマジックミラーの奥の右の部屋に入る。鯉村は左の部屋に入る。身柄を移送してきたかかしの男とすれ違った。
部屋の中にはわざと死刑囚の血をぶちまけている。壁、床、内側の扉に塗りたくることで死と恐怖を演出し、情報を引き出しやすくする効果がある。ついでにコールドスプレーもふんだんに噴射している。決して良い匂いではないが取り調べには十分な効果がある。
麻袋を取り上げる。
「おい、せめて上着をくれよ」
上裸の滝沢が叫ぶ。
「なんでもやるよ、情報を渡せばな」
滝沢は寒そうに肌をこする。だるんと垂れた肉が怠惰な私生活を代弁していた。
マジックミラーの奥で長嶺が金の動きを調べる。
『すごい、海外口座をいくつも経由して……待ってこんな形式見たことない』
「俺は何も知らない。お決まりの文句だと思うが本当なんだ」
「自分が誰の金を管理してるか知らないなんてことあるわけないだろうが」
「知らないんだよ本当に」
目を覗き込む。純粋に訴えかける目、呼吸の加減。一見すれば嘘はなかった。しかしかつて鯉村が見てきた枯柴の仲間は、ハリウッドでも通用するほどの演技派だった。こいつも然り。ピエロを演じているだけで本質はずば抜けた才能を持つ一流の犯罪者だ。
「なぁ、できれば俺もお前の体に傷つけたくない。正当な裁きを受けさせたいしお前が捕まることで未解決事件がいくつも解決するだろうからな。だがその気になれば」
「…………」
「法廷に提出するのはお前の首だけってこともあり得る……」
ゆっくりと身を乗り出して首を傾ける。滝沢は怯えたように目を逸らす。
『あった。これだけど……あれ、パスワードがかかってる』
長嶺が喜ぶ。
『解読できるか』会沢の声だ。
『…………だめです。うちのFPGAでは開けられません。鯉村さん、聞いてみてください』
長嶺が無線で指示する。
「なぁ滝沢。あのビルで俺の仲間がさらわれた。お前の持っていたリストの一つにパスワードがかかっている。それが枯柴に繋がるかも知れない。パスワードと浜辺の誘拐について教えるんだ。教えてくれればそれなりの便宜は図る」
「……」
「…………」
「……」
「パスワードは……Fギーク、チャーリー631」
「上出来だ。浜辺の誘拐については」
長嶺がウインクする。
滝沢がふらりと机に突っ伏す。白目を剥いていた。
「おい、しっかりしろ」
「おい、おい」
がくがくと痙攣してよだれを垂らす。肩をがくがくと震わせている。顔色がみるみる悪くなる。
「緊急事態だ。滝沢が倒れた。医療チームをよこせ!」
泡を吹いてやがる。脈が止まっている。死んでしまうぞ。右手を見る。薄緑の線が手の甲に広がっていた。毒だ。誰が……部屋に入る時すれ違った男、かかしだ。移送してきた二人。ヘルメットとで顔を隠していた。
「かかしだ! この部屋に入った二人を本部から出すな! くそっやられた……」
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