第2話
現代の公的機関ではあり得ないほど綺麗な建物だ。でもこの組織というか建物自体非公式な物だから公的機関ではないのか。二回迷路をやり直してエレベーターに乗れた。
武装した護衛はいなかったので指名手配ポスターが丸見えだった。
浜辺聡一。遠くから撮ったであろう写真。生年月日は一九五四年七月十五日。写真の日付は二〇〇五年一月八日。罪状は国家反逆罪。子供がいれば推定年齢は二十五歳。
隣、枯柴朋邦。浜辺と二つ年が下だ。こいつも反逆罪、浜辺は初めて見たが枯柴は幼い頃から国の裏切り者だと教えられてきた。
ドアが開く。書類通りに来たつもりだが昨日とは違う景色が広がっていた。大量の机にモニター、向こうにはどでかいデイスプレイが三つ。階段の奥は教会に近かった。長机がたくさんあって詰め込まれたように人が座っている。全体的に暗く、青白い光が広がっていて目がチカチカする。
「おいこっちだ」がたいの良い男が手を振っている。「この階全体が一つの部署なんだが色々複雑でな。私たちはこっちだ」
「浜辺です」握手を交わす。
「会沢だ」
身長は百八十センチ程度、普通のスーツ。ネクタイの趣味は良くない。
「ここは『最重要指名手配犯担当班』主に二百人リストを担当する」
「二百人リストって?」会沢が中国系の職員に指示を出すとモニターに名前ずらりとが並んだ。名札には「長嶺」とあった。
「こいつらはこの国でも国際的にも危険な犯罪者だ。こいつらを捕まえる、もしくは抹殺する」
「待って、非公式の諜報組織でやることが警察と同じ?」
「警察とは違う。彼らは法に則って逮捕を行う。だが我々は殺人、不法侵入、国外での諜報活動など、まあ法に触れるやばいこともやる。それよりこっちに集中だ。長嶺」
「はい」
十人が強調されて出てくる。
「ここでは番号が若い順に危険度も上がる。
我々が追うのはこの十人。事実この部署が出てきから二百三十人リストが二百人リストに変わったからな。頑張ろう。初めてのことも多いだろうから。多坂」
涙袋の大きい女がタイピングする。サイレンが鳴り出す。
「各種警報も教えとく。この小刻みのがファイアオール警報、この組織内のセキュリティーが破られた時に鳴る。簡単にいえばハッキングされたことを教えるためのものだ」
『ウーウ、ウーウ、ウーウ、ウーウ、ウーウ、ウーウ、ウーウ、ウーウ』
まわりがざわつき始める。
赤いサイレンが点滅している。
「これってテスト警報でしょう?」
「いや……本物の緊急事態だ。長嶺! 早くシステムを閉じろ!」
タイピングが大げさに響く。
全ての電気が消えた。真っ暗だ。三つのばかでかディスプレイの電源も落ちる。闇に響くのは百五十人の声だけ。十六秒後ディスプレイが点く。ひどいノイズ音。画素の乱れ。
豪華な椅子に座ったスーツの男が映し出される。中央には正面からの映像、右は右斜めから、左は左斜めから。周りは薄暗く、顔も見えない。特定するのは困難だった。
『私の記憶によればこの辺りに重松さんが座っているはずなんだがね』
バリトンがずっしり響く。皆が重松と呼ばれるオペレーターを見る。
『ははは、やはりそうか。いやあ今日は非常にめでたい日だ。そうだろう会沢本部長』
会沢が小声で指示を出す。
「逆探知して特定、ありったけ奴の情報を集めろ」
モニターの端に指名手配写真と経歴が映し出される。ざわめきが増す。後ろに立っていた事務員が気絶した。
「枯柴朋邦?」
『今日は君らのラッキーデーだ。あぁ、十九時間後に犯罪史に残るテロが起こる。被害者は大勢。ついでにいうなら被害総額も莫大。8・09以来の衝撃だぞ』
「何だと」
『ヒントはジェームズマクニールホイッスラーとシルクロード。阻止されれば私の友達が大勢捕まる。私が捕まることはないがね』
「逆探知失敗しました……」
『それと一番大事なことだが、この捜査の主導権は全て』
「浜辺みさき代理人に与えろ」ざわめきが強くなる。
『会沢本部ちょーう?』会沢は戸惑いながらマイクを取る。
「聞こえている」
『それは非常に素晴らしいことだな』
「どうして彼女なんだ?」
『おぉいおい。頼むよ、私は善意から君たちに協力している。私は虎だ。いかに恐ろしい目や手が私を作ったか知りたければ私のルールに従え。それでは諸君? 良い一日を』
画面が消え、電気が復旧した。ざわめきはその後も消えなかった。
「枯柴朋邦。元は自衛隊青年隊のエリートで国防の末端を担っていた。潜入、暗殺、武器の製造にメンテナンスまでお手のもの。二十一歳の時うちに引き抜かれた」
「結社団の最重要指名手配犯が元結社団で国防のホープ?」
浜辺がモニターを見ながらいう。
「しかしその五年後突如として失踪。今日まで約二十年間行方不明だった。思われていたが特にアジア圏の国を中心にジンバブエ、ウクライナなどに極秘情報が流出したことで国は多大な被害を被った。これを売っていたのが枯柴」
モニターが次々に切り替わる。
「その後は知っての通り。アメリカの司法長官殺害。大使館や県庁の爆破」
長嶺が画面を切り替える。何かの会談のようだ。
「一九八七年。各国の捜査局が集まって、優先して捕らえるべき犯罪者を決めるMGC会議でNo。0000を与えられた」
「番号が若い順に凶悪度が増すんですよね、0000って……」
多坂が声を上げる。
「裏社会でついたあだ名はミスターナイトメア・ミッドナイト」
長嶺がいう。
浜辺は顔をしかめてモニターと記録を行き来する。
「奴はこの国の膨大な量の機密情報を握っている。存在自体が危険なんだ。失踪から約二十年いきなり我々の前に姿を現したんだ。絶対に何か意図があるはず、何としてでも見つけるんだ」
妙な言い方だ。浜辺は会沢の眼球を遠目に覗き込む。少し枯柴に心酔しているような言い方だ。
「あの、こんな犯罪者がなぜ私を捜査の責任者に?」
「分からない。正直いってかなり危険な状況だ。一旦は君を責任者にはせず、極秘で捜査を進める。長嶺、シルクロードとジェームズマクニールホイッスラーの関係性を徹底的に洗え」
枯柴朋邦。
今まで学校の授業やニュースで世界の敵、国の裏切り者と教えられてきた男だ。表向きは公安外事部四課に努める公務員で機密情報を外国に売ったことで指名手配中。しかし世界有数の諜報組織のエリートだったとは知らなかった。交番や警察署の前の掲示板の指名手配ポスターで見慣れた姿。改めて見るとまた違った。指名手配ポスターには二つの写真が貼られていた。一つはスーツ姿で空港のベンチに座っている姿。遠くから撮られており足を組んで、向こうを向いていた。一つは仲間と歩いている写真。どっちも白黒写真だが写真と映像とでは違和感があった。
言い表しようにない気持ち悪さがそこにはあった。
事務員が何人か通り過ぎていく。
嫌な視線を感じる。初日で周知の敵に名指しされたのだから当然のことといえば当然なのだが自分は彼とは何の接点もない。少し居心地が悪かった。
とりあえず彼のファイルと今までのテロの詳細がパンパンに詰まった段ボールをいくつも借りて勉強することにした。
「ところで鯉村は帰ってきたか」
会沢本部長が確認している。誰のことだろうか。
長嶺が顔を近づけてくる。
「枯柴を七年も追ってるベテランの代理人だよ。ちょっと怖いけど根は良い人だから」
「今どこにいるんですか?」
「九州支部の方で別件の調査中、今大急ぎで帰ってきてるとこ」
「あぁ」
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