第54話 お母さんです

「改めて自己紹介しておこう。「クルエラの嘴」の支配人で、バルディンの主人でもある、スカーレット・アレキサンドリア・クルエラッドだ。もう知っているとは思うが、今は亡きクルエラッド王国の王家の末裔になる」


 スカーレットがそう自己紹介すると、クラーラはぎこちなく微笑んだ。


「やっぱり、スカーレットさんなんですね」

「……そうか、そういえばクラレンス殿とは、クルエラッドの建国祭で顔を合わせたことがあったのだな。すっかり忘れてしまっていたが」

「もう、十五年も前のこと、ですから……」


 二人は面識があったらしい。まあ、スカーレットの義父はここヴァロッサ王国の現国王の弟にあたる人物だし、そもそもが同盟国だったのだ。幼い頃、まだクルエラッド王国が健在であった頃に付き合いがあってもおかしくはない。


「すまんな、ここ最近王宮で聞く貴殿の評判と、昔あった貴殿との印象がかけ離れていたので思い出せなかった」

「い、いや、あれは男の人を避けるためにわざと流した噂ですから、気づかなくても仕方ないです、よ」

「ふふ、第三王女殿下がかつて出会ったあの少女であると早くに思い出していれば、余計な心配は要らなかったのだがな」

「…………」

「いや、別にトロンの流した噂が駄目だって話はしてないと思うぞ? うん」

「そ、そうか? ならいいんだ、うん」


 どことなく気まずそうな顔をしてトロンが黙り込んでいたのでそっとフォローを入れる。不用意に近づいてくる男を避けるために流した噂だし、その役目はしっかり果たせていたから問題はない。その噂のせいで余計な心配をする羽目になったのは間違いないが、そもそもこんな噂が流れていないと俺はここに来ていないのだ。

 と、スカーレットがトロンに視線を向けた。


「貴殿がトロン殿か。バルディンから話は聞いた。余の傷の手当てをしてくれたそうだな。礼を言う」

「あ、ああ、気にしないでください。客人を死なせてしまったとあっては第三王女の執事としての面目が立ちませんでしたから。当然のことをしたまでです」

「で、あるか。それでもだ、礼を伝えておく。助かったぞ」


 そう言ってスカーレットは優しく微笑んだ。……こういう表情もできたのか。いや、まあそもそも目があんまり見えてなかったから表情なんて見たこと無いわけだが、こんなに穏やかな表情をするとは、意外だった。精神世界で腹の中を全てぶちまけきった事や、死んだと思っていた母親と再会できた事で、彼女なりに変化があったと言うことなのだろうか。

 そんな事を考えながら眺めていると、隣でばさばさと羽ばたく音がして、何かが俺の肩にとまった。


「うんうん、スカーレットも肩の荷が降りたみたいね……お母さん安心したわ」

「…………………うぇっ!?」


 俺の肩に、涙を拭うように翼を顔にあてる謎の鳥がいた。いや、精神世界で見たぬいぐるみによく似た姿をしているし、そもそもお母さんとか言っちゃってるから謎というかヴィオレットさんである。


「えっ、あっ、出てこられたんですか!? エネルギーを使い果たしたからスカーレットの中に逃げ込んででギリギリ生きてるみたいな話だったんじゃ……」

「ああ、あれね。いやまあ確かにギリギリ生きてる感じだったのよ? でもバルディンくんがスカーレットを口説き落とした時に、吹っ切れたからなのかスカーレットの心の中が爆発したみたいに幸せなエナジーで一杯になってね? それがあんまりにも物凄い力だったからお母さん実体化出来るくらいに回復しちゃった♡」

「しちゃったってそんな……」


 幸せパワー恐るべしである。というかお義母さんが思わず蘇生できるくらいの幸せをスカーレットが感じてくれたというのなら、それはなんというか気恥ずかしいような嬉しいような何とも言えない感じである。


「なんだバルディン騒々しいぞ―――お母様ァ!?」


 こちらが急に騒がしくなったので何事かと視線をよこしたスカーレットがバカでかい声を上げて驚いた。いやうん。気持ちは分かる。普通は心の中でだけ再会できた死んだはずの家族……とかそういうしんみり系なのかなって思うよね。ところがどっこいあなたの幸せパワーを存分に受けてちゃっかり現世に舞い戻ってきましたよあなたのお母様。

 まあ彼女の使った禁術はクルエラッドで信仰される太陽の化身クルエラに身を変じるものだったそうだし、太陽の化身クルエラは毎日燃え盛る炎でその身を焼いて世界を照らして、一晩でその身を癒して再び舞い戻ると言われている神鳥なのだ。しれっと生き返ったっておかしいことは……いや結構おかしいな。この人……人? この鳥やっぱりおかしい。


「さっきぶりねスカーレット。元気してた?」

「ええ、いや、まあ元気……そりゃあまあ、そう……」


 すごい。口先で人を転がしまくり大抵の会話を自分に都合よく推し進めることのできるあのスカーレットが防戦一方である。女王という重荷から解放され娘の閉ざされた心も何とかなりついでに復活まで果たした魔王単独撃破実績アリのお母さんは強すぎる。


「外に出られたのなら最初に声をかけてくれたって……」


 そこまで口にして、諦めたように口をつぐみ、静かに笑った。


「いや、昔から貴女はこんな人だったな。これからまた貴女と過ごせるのなら、これくらいの茶目っ気は許容せねばな」

「うふふ。大人になったわね、スカーレット」


 そんなスカーレットを見て、ヴィオレットは満足げに頷く。満足げに首を上下させる鳥は中々シュールな光景だったが。というかヴィオレットは若干暖かいというかなんならこの距離は普通に暑いので肩から降りてくれないだろうか。心なしかチリチリと燃えている気がするし。

 と、そこでこちらを怪訝そうな目で見ている団長と目が合った。


「あー、その、そちらの喋る……後ちょっと燃えてる鳥は一体……」

「ああ、紹介が遅れたな」


 団長の質問に、スカーレットは軽く手を上げ指先にヴィオレットをとまらせて答える。


「こちらは余の母上、つまりクルエラッド王国の正統なる女王、クルエラである」

「みんなはじめまして〜、娘がお世話になってます、スカーレットのおかあさんの、ヴィオレット・アレキサンドリア・クルエラッドで〜す。ヴィさんでもヴィちゃんでもヴィおねえさんでも好きなように呼んでね? あ、でもクラーラちゃんとは会ったことあったわね、うふふ、すっかり美人さんになっちゃってお姉さんびっくりしちゃったわ〜。そういえばご姉弟のみんなはお元気かしら? お姉さんが二人と弟さんが一人だったわよね? 姉妹が多いって良いわよね〜。あ、でも王族とか貴族じゃそうもいかないのかしら。うちも姉妹絡みでひどい目に遭ったものね。姉妹じゃ仲良くしないと駄目よ?」


 うふふふふと笑いながらまくし立てるヴィオレット。母親特有の流れるような一方的トーク展開に一同は一瞬思考を停止させた後、ゆっくりと咀嚼して言葉の意味を理解し―――


「「「「――――えっ?」」」」


 全員揃って驚愕の声を上げた。うん、まあそりゃそうなるよな、分かる分かる。

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