第55話 再突入

「な、なるほど…そういう事情があったのか……」


 俺の説明に団長はううむと唸った。


「いやしかし、あの伝説の英雄、太陽王ヴィオレットがいまだ御健在とは」

「……凄いかっこいい呼ばれ方してたんすねお義母さん」

「いや〜、若い頃は色々頑張ってたからねぇ」


 たはーと笑う鳥。その姿からはとてもではないが伝説の英雄という感じも太陽王という感じもしない。愉快な鳥さんといった風情である。だが、この人は間違いなくあの魔王フォルネウスを、星のない夜と恐れられた山脈よりも巨大な魔王をたった一人で打ち倒した女傑なのだ。そう考えると、その娘であるスカーレットの凄さも納得できるものだ。彼女は、この人を目指して駆け抜けてきた、その努力と覚悟の果てが今のスカーレットなのだ。全く頭が上がらない。


「……バルディン、そなたはいつもいつも本当に……まあいい」


 そんな事を考えていたら、何故かスカーレットがこちらを何とも言えない顔で見つめていた。一体どうしたのだろうか。

 と、クラーラがあわあわとヴィオレットに頭を下げた。


「あ、あの、お久しぶりです、ヴィオレット様」

「そんなにかしこまらなくてもいいのよ、クラーラちゃん。今の私は女王でもないし、あなたと私の仲じゃない、ねえ?」

「え、えへへ……」


 どうやらクラーラとヴィオレットは前から付き合いがあったようだ。二人して親しげにしている。

 死んだと思っていた相手と十二年ぶりに会えたのだから会話が弾むのも仕方ないというものだ。


「…………」

「……トロン?」


 そんな二人の前で、固まって動かなくなっていたトロンに声を掛ける。


「あ、ああ、うん、何だ?」

「何だって……お前どうしたんだ?」


 そう尋ねると、トロンはこちらの肩をぐっとつかんで引き寄せ、耳打ちするようにして答えた。


(どうしたじゃない! あの太陽王が目の前にいるんだぞ!? 緊張くらいするだろ! この大陸中の戦士たちの憧れ、世界を幾度となく救ってきた正真正銘の大英雄! 一般には伏せられているが、クルエラッドを襲った魔物の大氾濫の真の原因である魔王フォルネウスを一人で打ち破ったことはその筋じゃ伝説として語り継がれてるんだぞ!)

「お、おう……」


 ものすごい勢いでまくし立てられた。トロンのこの熱の入りようからして、ヴィオレットという英雄は本当にとんでもない人物だったみたいだ。


「あなたがトロンちゃんね?」

「は、はひ!?」


 急に声をかけられて素っ頓狂な声をあげるトロン。すごい勢いでガクガクと震えながらヴィオレットの方に身体を向ける。


「娘を助けてくれたんですってね? ありがとうね、トロンちゃん」

「あっ! あっ、いや! きょ、恐縮でェす!」


 すごい。別人みたい。

 トロンのあまりの変わりように困惑していると、ヴィオレットはばさばさと羽ばたいて俺の肩にとまった。小さな爪がきゅっと上着に食い込む。


「さて、と。挨拶はこれくらいにして、そろそろもう一人の眠り姫のところに行かなきゃいけないんじゃないの? 王子様♡」

「……からかうのはやめてくださいよ」


 俺は肩のヴィオレットを指でつんつんとつついた。

 彼女は「やーん、怒られちゃった♡」とくねくねしている。……本当にこいつ英雄なのか? ちょっと疑問に思えてきたが、ヴィオレットの言う通りだ。現状の確認と情報共有はできたし、少し休んで体力も回復した。

 ツツジを助けに行かなくては。


「じゃあ俺たちはもう一回、今度はツツジの精神世界にダイブして彼女を助け出してきます。スカーレット、どうする?」

「……」


 俺はスカーレットに尋ねる。俺は彼女を助けに行くつもりだが、スカーレットの気持ちはどうなのか。事情を知っているとは言え、それでも彼女に裏切られたことには間違いないし、彼女が俺を殺したことも変わらない事実なのだ。それを踏まえた上で、スカーレットはどうしたいのかを聞きたかった。


「愚問も良いところだな、バルディン」


 スカーレットは静かにこちらに向き直り、その長く美しい髪をバサっと手で払い答えた。


「あやつはバカだが、バカで可愛い余の忠臣だ。主たるもの、一度や二度の失態位は笑って許してやらねばな。余が直接赴いてハッキリ言ってやらねばあやつには分かるまいよ」

「スカーレット……」


 にやりと笑うスカーレットを見て、俺は感慨深い気持ちに満たされていた。立派になったものだ。本当に。


「……ん?」


 いや、何だろう、今の感覚は。彼女の成長を喜ぶ気持ちは本当にそうなのだが、やけに上からというか、親目線のような気持ちだったような。彼女の幼い頃からの人生を追いかけてきたからだろうか。

 まあいい、些事だ。今はとにかくスカーレットと一緒にツツジの目を覚ましてやらなければ。


「あ、あのっ」

「……クラーラ?」


 ツツジにダイブしようとしていると、後ろから声がかけられる。クラーラだ。


「わ、私も連れて行って!」

「……かなり危険だぞ? 身の安全は保証できない。もしかしたら戻ってこれないかもしれないんだ、連れて行くわけには……」


 そう言い返すと、クラーラはきゅっと唇を噛み、決心したように口を開く。


「お、お友達、だから。はじめての……だから、ツツジちゃんが、困ってるなら、私も、力になりたくて」

「クラーラ……」


 そうだ。クラーラは、記憶を消す前までのツツジと友人だったのだ。召使いであるコロンやトロンを除けば、初めて出来た友達。だから、彼女のために危険を顧みずに飛び込もうとしている。……優しい子だ、やっぱり。だからこそ、危険な目に合わせるわけにはいかなかった。


「そうだとしても、危険すぎる――」

「あら、それなら私もついていくわ。私が傍で守ってあげれば、バルディンくんも安心できるかしら?」

「ヴィオレットさん?」


 ヴィオレットはクラーラの肩に飛び乗り、優しく声をかけた。


「優しい子ね。とっても素敵よ、そういうの。応援したくなっちゃった♡」

「ヴィ、ヴィオレットさん……」


 ……まあ、精神世界に詳しいヴィオレットが付いていてくれるなら、安心か。


「……みんなはそれで大丈夫か?」


 トロンたちに声を掛ける。


「ヴィオレット様がついてくださるなら安心だ。……姫様が誰かのためにこうして危険を冒そうとするのは、執事の立場としては止めなくてはならないのだろうが、それでも、その気持ちを尊重してやりたい。頼めるか? バルディン」

「私からもお願い致します〜。ツツジさんは大切なお友達ですから、助けて上げてくださいね〜?」


 トロンとコロンの返事は力強いものだった。二人も、クラーラが成長しようとしている事をとめたくはないのだ。


「お前らがそう言うなら、頼まれようか。団長は?」


 黙りこくってしまっている団長に声を掛ける。


「……行くな、というべきなのだろう。もしくは、護衛である以上私もついていくべきなのかもしれない。だが、今ツツジ殿に必要なのは私ではないのだろうな……。関わりのほとんど無い私のような部外者が、無闇に心に立ち入るものではない」


 ふーっ、と大きく息を吐いて、こちらに頭を下げる。


「バルディン殿、スカーレット殿、ヴィオレット殿。王女殿下をお願いします。そしてどうか、ツツジ殿を……」

「おう、任せとけ」


 俺は笑顔で胸をドンと叩きこたえる。

 ツツジの精神世界がどんな世界なのかはわからない。なにせ異世界の住人だ。どんな光景が広がっていて、どんな危険が待ち受けているのかは分からない。それでも、行かなければ。

 友を、臣下を、愛する人を、助けに行くのだ。


「よし、行くぞ!」

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