第52話 お似合いの二人

「スカーレット。俺の目を見て、俺の心を読んだから、ある程度は事情も分かっているとは思うんだが。改めて言うと、俺は女神からこの世界を救う使命を受けて転生してきた英雄で、その時に犯した罪から俺に与えられるはずの十三の権能はそれぞれが使徒と呼ばれる者たちに宿った。俺は、この使徒たちと相対して、話し合い、説得して、口説き落とし、仲間にする必要がある。そうすることで、俺にかけられた十三の呪禍を解くことが出来るし、世界を救うための戦力を集められるというわけだな。それで、スカーレット。君もまた……」

「使徒、というわけだな。恐らくは、目にまつわる権能の」

「そうだ。スカーレットの持つ人の心を読む力は、神の与えた権能だ。多分、使徒である君と俺とが通じ合い交わることで、俺の目が見えるようになるんだと思う」

「う、うむ……そうなのか……」


 俺が大真面目な顔で変なことを言うものだから、スカーレットは少したじろいでしまったようだ。俺はこほんと咳払いをして続ける。


「まあ女神の言うところによると、呪いを解くためにはいくつかの手順があるそうでな……具体的には、心を通じ合わせた後えっちしないといけないそうなんだけど」

「えっ?」

「まあそこに関してはチュウでも大丈夫みたいだから一旦チュウでいこう。流石にお義母さんの前で娘さんとおっぱじめるわけには行かないし……そもそも今の姿のスカーレットとやるのはまずいし……」


 いくら俺がえっち大好きとはいえ、流石に七歳くらいの女の子相手にやろうとするほどではない。いや、ついさっき口におちんちんをぶち込みそうになったけどあれはまあそのあくまで現状打開の手段として検討しただけなので許してほしい。


「チュウならさっきもしたんだけど、あれはほら、スカーレット意識なかったし。ここは意識がはっきりしてる今もう一回やってみよう。ほら、いくぞ」


 そう言って目の前のスカーレットの肩をガッシと掴むが、彼女は顔を赤くして口を手で隠した。


「いや、あの、チュウは良いんだが、お母様も見てるんだけど……」

「あらあら、私のことは気にしなくてもいいのよスカーレット。ほら、大好きな男の子なんでしょ? ぶちゅっとやっちゃいなさいなぶちゅっと」

「ぶ、ぶちゅっとって……」


 十二年ぶりに再会した母(鳥のぬいぐるみ)にキース! キース! と急かされ困惑の表情を浮かべる七歳のスカーレット(実年齢二十八歳)。ものすごくシュールな光景である。なんだこれ。


「と、とにかく、やってみるぞ! 準備はいいな?」

「お、う、うむ!」


 俺の言葉に覚悟を決めたのか、顔を真っ赤にしたままぎゅっと目をつむり唇をんむっと突き出すスカーレット。あまりにも可愛い。愛しさのあまり変になりそうだったが、スカーレットを怖がらせてもいけないので、俺は静かに呼吸を整えて、ちゅっと優しいキスをした。


「………」

「………」

「………何も起きないわね」


 何も起きなかった。あれ、おかしいな……。


「もっかい行くぞ!」

「えっあっもう一回!? う、うむ!」


 んむちゅっ。


「………」

「………」

「………舌入れてみたら?」


 むむむちゅ。


「………」

「………」

「………もっと貪るような感じでいってみましょうか」

「なんでちょっとずつ過激にしようとするんですかお母様」


 バレたか……と大人しくなる鳥のぬいぐるみ。何をしているのだろうかこの人は……。

 まあいい、俺はスカーレットに向き直った。


「さて、何も起こらなかったわけだけど……」

「う、うむ。ただキスをしただけだったな……」


 顔を真っ赤にしてそう返すスカーレット。大変愛らしいがそういうことではない。俺は彼女の目を真っ直ぐ見据えてキッパリと言い切った。


「考えられることは一つ、俺と君とがまだ完全には通じ合っていないということだ」

「……というと?」

「君だって薄々分かっちゃいるんだろ」


 バツの悪そうな顔をするスカーレットにずいと詰め寄った。


「どーせまた性懲りもなく、「バルディンにひどいことしちゃってる余がバルディンと一緒になるなんて〜」とか「十歳以上歳の離れてる余がバルディンに言い寄るのってどうなの〜」とかそんなしょーもないことを考えてるんだろ」

「うぐっ」


 図星のようだ。全く。


「俺はひどいことされたと思ったことはないし十歳くらい歳が離れてたって全然気にしないって前にも言ったよな?」

「そ、それは……そう、だが」

「はぁーっ……」


 俺は正面に座るスカーレットをぐいっと抱き寄せて膝の上に座らせた。スカーレットは抵抗こそしないものの、気まずそうに目を逸らしている。俺は小さなスカーレットの体をぎゅうと抱きしめ、その愛らしい顔を手でこねくり回した。リンゴのように赤くふっくらとした頬をぷにぶにと指でつつき、むにむにと揉み倒す。


「俺はこんなにスカーレットのことが好きなのになー。スカーレットは俺のことそんなに好きじゃないのかなー?」

「そ、そんなこと……」


 スカーレットは俺に揉みくちゃにされながら、何やら言い返そうとする。


「そんなことがなに? どうしたんだ? 俺はスカーレットのことが好きだよ? スカーレットも俺のことが好きならそれでいいじゃねえか。何が問題なんだ? どうしたら俺は君に好きって言ってもらえるんだ?」


 あまりにスカーレットが煮え切らないので、ついつい口調が強くなってしまった。まずいと思ったときには、ふぐっと泣くのをこらえるような声が俺の腕の中から聞こえてくる。


「ふぐっ、ぐぅ……っ、わっ、私だって、私だってぇ……!」

「……バルディンくん?」

「ち、違っ!? 泣かすつもりは、というか泣いちゃうとは!?」


 ヴィオレットにジトーっとした目で睨みつけられる。いや、俺もここまでするつもりはなかった。確かに荒療治が必要かもとは思っていたが、泣かせてしまうつもりなんてなかったのだ。彼女が、意識は二十八歳のそれだと言うから、いつものクルエラをからかうくらいのつもりで言っただけなのだ。だが、意識としてはそのつもりでも、ここは彼女の精神世界だ。その中で七歳くらいの見た目で居るということは、少なくとも今はそれくらいの精神年齢まで情緒が退行してしまっていたようだ。完全に判断ミスだ。

 慌てる俺をよそに、スカーレットはせきを切ったように泣き出した。


「私だってぇ……バルディン好きだもん……! 大好きだもん! ほんとはバルディンにあんな仕事させたくないもん! 出来るんだったら私だって、こんな仕事辞めて、全部全部投げ出してバルディンと二人で仲良く暮らしたいもん! バルディンを膝に乗せてイチャイチャしたいし、キスだって毎日したいし、えっちもしてみたいもん! バルディンの笑ってる顔が好きだから! いつもいつも、それだけ見ていたいもん! 私だって、私だって……!」

「……スカーレット」


 スカーレットは、涙でグシャグシャの顔を小さな手で必死にこすりながら嗚咽を漏らす。そこには、いつも堂々として、皆の前を風を切って歩く彼女の姿はなかった。ただ、ままならない現実に翻弄され、涙を流す少女がいるだけだった。


「でもぉ、でも、だめなんだよぉ……。私、私、バルディンに初めて会ったとき、バルディンが辛い思いをしてきたって分かったのに、分かってたのに……。娼夫になんかせずに、保護だって出来たはずなのに……まだ八歳の子供だったのに……。バルディンを娼夫にして、働かせて、ひどい、ひどいことしてぇ……。それなのに、笑顔で頑張るバルディンを見て、勝手に癒されて、勝手に好きになって……こんなのおかしいよぉ、最低だよぉ、こんなの……」

「……だから、その、それは気にしなくても」

「気にするよ! するに決まってるだろぉ!? こんなにひどいことして! ひどい目に合わせて! まともな人生じゃないじゃないかこんなのさぁ! こんなにひどい仕打ちしてる奴が好きになろうなんて、幸せになろうなんて、そんなのだめだよ……だめなんだよ……」

「………」


 子供のように泣きじゃくっているが、子供の流す涙じゃない。自分の痛みで流しているのではなく、俺のことを想って流している涙だ。後悔と、罪悪感とで流す、大人の涙だ。


「そのくせ、お前が出ていこうとしてるのを知ったら、勝手に怒って、勝手に拗ねて、嫌がらせなんてしようとして……それでも私に好きだって言ってくれたお前を、危ないってわかってるのに王宮に連れ出して、一人で送り出して……最低だ、最低なんだよぉ……お前を好きになる資格なんて無いんだ、お前と一緒に、幸せになる権利なんて、私には……んんっ!?」


 これ以上は聞いていられなかった。俺は無理やりに彼女の唇を奪って黙らせる。けれど、彼女は、身体を捩って俺を振りほどいた。


「やめろ! やめろよぉ! 私は、私はお前にキスしてもらうような女じゃないんだ、ひどいやつなんだよ……そうだよ、心が通じ合うわけなんて無いんだよ、こんな、こんなやつが、おまえとなんか……釣り合うわけが……」

「スカーレット……」


 キスをしても止まらなかったので仕方ない。この手だけは使いたくなかったのだが。今の彼女はどこからどう見ても少女というよりは最早幼女だし、そもそも母親の目の前だし。いくら貞操観念が逆転しているとは言えそれを加味してもかなりやばい手だった。この場に官警の類があれば間違いなく縄をうたれてしまうだろう。


 ――俺は泣き喚く彼女の股ぐらに手を突っ込んでその未成熟な秘部に指をねじ込んだ。


「びゃん!?」


 素っ頓狂な悲鳴を上げてスカーレットがフリーズする。隣からヴィオレットの尋常でない視線を感じるが気にしない。気にしないったらしない。したら負けだ。もう勢いで走り切るしか無いのだ。


「どうだ? ちっとは頭が冷えたか?」

「あ、あ、あぇ……? こ、これ……どこ、ゆび、え?」


 今だ事態が把握できていないようなので、俺の口からハッキリと伝えることにする。


「キスはふさわしくないらしいから、お前のおかげで十年も学んで身に染みついた娼館流のやり方でやらせてもらうことにするよ。お前のおかげで身につけたテクニックだぜ。これならお前に相応しいだろ?」


 お陰様で経験人数は四桁超え、手淫だって十年以上も毎日やり続ければ職人芸の域になるものだ。流石にこんなに小さい子を相手にしたことはあまりなかったが、それでも過去の膨大な経験値から、極力負担をかけずに、最速で絶頂に導くよう指先を躍らせる。


「―――っ♡♡♡!?」


 どうやら精神世界でも絶頂できるらしい。それを確認できたので、俺は続けざまに彼女を絶頂に導き、ヘロヘロになりふらつく彼女を押し倒すようにして覆いかぶさった。そのまま着ていたドレスをビリビリに引き裂き、その幼い身体を晒す。

 膨らみ始めてすらいない胸を掴むと、彼女は悲痛な声をあげた。


「……やだぁ、こわいよぉ、バルディン……やめてよぉ……」


 はじめての感覚に、情けなく、弱々しく彼女は呟く。その手は抵抗するでもなく、ただ顔を覆うばかりだった。

 その姿を見て、俺は少し上体を起こし、彼女の身体から手を離した。


「見ろ」


 そうして、彼女の手をつかむ。


「見ろよ」


 そのまま手をぐいっと横に押しのけて、泣き腫らした彼女の鼻先に、俺の顔を近づけた。


「俺の目を見てくれ、見てくれよ……」


 俺の言葉に、涙で濡れた瞳で俺を見上げたスカーレットが硬直する。


「泣い、てるの?」


 情けなく、弱々しいのは俺もだった。


「こんなこと、こんなことさぁ、させないでくれよ……」


 彼女に馬乗りになるような形で、彼女の両手を俺の両手でそれぞれ掴んで。お互いに情のない顔を隠すことをせずに晒しあった。


「俺は、俺は、確かに、えっちなことが好きだよ。女の子にエロいことしたいし、オッパイ揉みたいよ。でも、でも俺、こんな事したくないよ……こんなの全然嬉しくない、楽しくない、気持ちよくないよ、こんなの…………でも、俺にはさ、こんな、こんなことしかできないんだよ……かっこいい言葉で慰めたりとかさぁ、そういうの、そういうのできないんだよ、これしかわからないんだよ。俺の、俺の大好きな人がさぁ、俺のことを想ってバカみたいに泣きじゃくっててもさぁ、どうしていいかわからないんだよ、こんなやり方でしかできないんだよ、仕方ないだろ……しかた、ないだろ……」


 俺の涙が、ぽとりと彼女の頬に落ちる。


「余の……せいか?」


 スカーレットは、悲しい瞳で俺の方を見ていた。


「そうだと思うんなら、尚の事、させないでくれよ……」


 スカーレットを、上から抱きしめる。


「ひどいことをしたからなんだよ、それがどうしたっていうんだよ……それのせいで俺はこんなになっちまったけど、そんなの全然気にしてないんだよ俺は……悪いと思ってるなら、申し訳ないって気持ちがあるんなら、俺から逃げないでくれよ……俺から目をそらさないでくれよ……俺は、俺の大好きな人に大好きだって言って、私もだよって、そう頷いてくれるだけで、それだけでいいんだよ、おれは……おれ、おれは、それだけで幸せなんだよ……ふさわしいとか、ふさわしくないとか、しらないよ……罪悪感なんて、そんなの関係ないんだよ……後ろめたくなんてなんないでよ……そばにいようよ……それだけで、それだけでいいから……おれを、おれをみてよ……」

「……………バルディン」


 ぎゅっと、優しく抱きしめ返される。少女のそれとは違う、大きくて、力強い温かな腕で。


「そうだな、余は、そなたに甘えていたようだ。酷いことをしたと、罪悪感を、後ろめたさを感じたとして、それは、余の気持ちの問題であったな。余は、そなたに甘えて、目を逸らして罪悪感と後ろめたさから逃れようとしていただけなのだな」


 その力強い腕で、暗闇の中を、いつも俺を導いてくれた、暖かな手のひらで、優しく抱き起こされる。


「大好きだぞ、バルディン。余の罪悪感や後ろめたさなど、どうでもよくなってしまうくらいに、余はそなたを愛しておるのだ。恥も外聞もかなぐり捨てて、十歳も歳の離れたそなたに、余は年甲斐も無く―――少女のように恋をしているのだ。バルディン」


 そこには、俺のよく知る、けれどもはじめてこの目で見る、温かで優しい太陽のような美しい笑顔があった。涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったけれど、恥ずかしさと興奮と、色々な感情がないまぜになった真っ赤な顔だったけれど、とてもとても、美しい笑顔だった。


「余はもう吹っ切れたぞ。これからはずっと一緒だ! 今日のそなたの選択を後悔するくらいに、ずっと見つめて、愛してやるからな。覚悟しておけよ。バルディン」

「―――ああ、こちらこそ」


 そうして俺たちは、何度目になるかわからない口づけをした。何もかも滅茶苦茶で、わけがわからなかったが、俺の胸のうちからこみ上げる熱い何かが、確かに俺の呪の解けたことを伝えていた。

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